2023/12/30 2023/12/31
【医師・士業向け】公衆衛生は様々な領域を含み、士業、医学との接点があります

公衆衛生とは、英語で言えば「Public Health」です。今回は公衆衛生についてお話しします。
ただし、公衆衛生は広範な領域にわたり、得意分野が違いますので、私の話が公衆衛生全般の話を代表すると思わないでください。
公衆衛生とその定義について
「公衆衛生」という言葉は聞いたことがあるかもしれませんが、その具体的な意味を知らない方も多いでしょう。また、多くの方が医師が公衆衛生に関わっていることを知らないかもしれません。
では、「公衆衛生」とは何でしょうか。実は、公衆衛生には有名な定義が存在します。その中でも、1920年にチャールズ=エドワード・A・ウインスローによって提唱された定義は、公衆衛生の分野で最も著名です。ウインスローの定義は、公衆衛生の基本原則を広く理解するための重要な出発点となります。
「公衆衛生は組織化された共同体の努力を通じて,疾病予防,寿命の延伸,肉体的・精神的な健康と効率の増進をはかる科学と技術である」
引用:ウインスローの定義(1920年)
「公衆衛生」とは、組織化された共同体によって実践される科学と技術のことです。
もしかすると、他の公衆衛生の専門家から異論が出るかもしれませんが、長年公衆衛生の分野に携わってきた私としては、公衆衛生を実践するものは「何でも屋」です。公衆衛生は実に多岐にわたる分野です。社会に問題が生じた際、公衆衛生は様々な科学や技術を駆使して対応し、問題を解決するのです。この「社会に問題」は多岐にわたるので、「何でも屋」となってしまいます。
私の現在の主なフィールドは産業保健ですが、私の実践する公衆衛生系の産業保健は、さまざまな手法を組み合わせて実践される科学と技術です。そのため、自分を単に産業医と呼ぶことには少し抵抗があります。公衆衛生の医師として産業保健に携わっているため、産業医という枠組みを超えた活動が多いのです。
さて、公衆衛生が具体的にどのような範囲にわたるのか、いくつか例を挙げてみましょう。
公衆衛生とその分野について
前述の通り、私は”様々な手法”を用いて、産業保健分野での活動を行っています。これには多様な専門性を組み合わせることが含まれます。ただし、産業保健は公衆衛生の一部分に過ぎません。公衆衛生には産業保健以外にも多くの重要な分野が存在します。これらの分野には、例えば以下のようなものがあります
保健統計、疫学、疾病予防と健康管理、主な疾病の予防、環境保健、母子保健、学校保健、産業保健、高齢者の保健・医療・介護、精神保健、国際保健、保健医療福祉の制度と法規
医療系の学問として公衆衛生を学ぶ場合、上記のような広範囲を基礎レベルで学ぶことになります。これでも公衆衛生の一部に過ぎません。さらに、医師になるための医師国家試験には、約1割の問題が公衆衛生分野から出題されます。理学療法士の国家試験では公衆衛生関連の出題が比較的少ないですが、保健師、看護師、柔道整復師の国家試験では、公衆衛生領域からの問題が多く含まれています。
多くの医療従事者に「公衆衛生は重要か?」と問うと、大半がその重要性を認めるでしょう。しかし、卒業直後や初期臨床研修を終えた直後に公衆衛生領域へ積極的に進む医師は少ないです。私自身も若いうちから公衆衛生の道に進むことになりましたが、当初は産業保健をメインにするとは思っていませんでした。
公衆衛生医師の存在
実は、公衆衛生に関係する医師を、厚生労働省は「公衆衛生医師」と呼んでいます。
公衆衛生医師とは?
公衆衛生医師の仕事は、地域の住民全体の医療や健康レベルの維持向上のための仕組み・ルール・システムづくりなどを通じて、大きな達成感ややりがいを感じることができます。
携わる業務は、感染症、生活習慣病やがんの予防、母子保健、精神保健、難病、食品や環境などの生活衛生、医療・薬事といった事業や、地域包括ケア、健康危機管理など、多岐にわたり地域の人々の保健を支えています。
私も、公衆衛生に関連する医師が行政機関で活躍することが多いという印象があります。確かに保健所、県庁、市役所などでの公衆衛生に関わる行政活動は重要ですが、公衆衛生医師の活躍の場は行政だけに限らないことを強調したいです。
また、私が行政書士に関心を持ったのは、公衆衛生行政の仕組みを深く理解するためでした。
公衆衛生医師活躍の場
公衆衛生医師は、都道府県の場合は保健所や本庁と呼ばれる都道府県庁など、政令市・中核市の場合は保健所や保健センターや市役所などで勤務しています。
その仕事内容は、働く自治体や勤務先によって様々です。
このように、多くの医師は、公衆衛生の医師と聞くと、行政での活躍を想像するかもしれません。例えば、「健康危機管理」という用語を耳にしたことはありますか?公衆衛生の医師は、国民の生命や健康の安全を守るという重要な役割を担っています。
厚生労働省健康危機管理基本指針
「健康危機管理」とは、医薬品、食中毒、感染症、飲料水その他何らかの原因により生じる国民の生命、健康の安全を脅かす事態に対して行われる健康被害の発生予防、拡大防止、治療等に関する業務であって、厚生労働省の所管に属するものをいう。
健康危機管理は、主に保健所や厚生労働省が対応します。健康危機の例としては、新型コロナウイルス感染症の流行や和歌山カレー事件などが挙げられます。こうした未知の状況に対応するには、適応力と組織化された共同体による努力が必要です。共同体として効果的に働くためには、その共同体を深く理解することも重要です。公衆衛生は多岐にわたる分野で、様々な課題に対応できるのが特徴です。
公衆衛生と士業の関わり
このブログを読んでいる士業の皆様、公衆衛生という用語に馴染みはありますか?この用語は、社会権と密接に関連しており、日本国憲法にもその重要性が認識されています。具体的には、憲法第25条に「公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と記載されています。
社会権の領域には、社会保険労務士や行政書士などの士業が深く関わることが多いです。したがって、公衆衛生の向上と増進に関する事項には、士業の皆さまも積極的に考えていただきたいと思います。
憲法第二十五条
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
社会保険労務士や行政書士の業務は、通常、医師の業務と直接的には関連していないかもしれませんが、公衆衛生という共通の分野を介することで、これらの専門職は相互に連携し、統合的な取り組みを行うことが可能です。
医師が公衆衛生のキャリアを選択するためにはどうすればいいでしょうか
それでは、医師が公衆衛生のキャリアを選択するにはどうすればいいでしょうか。王道では、医系技官となる方法もあります。また、前述の公衆衛生医師の登録事業に参加する方法もあります。
医系技官とは
人々の健康を守るため、医師免許・歯科医師免許を有し、専門知識をもって保健医療に関わる制度づくりの中心となって活躍する技術系行政官のことです。
厚生労働省 医系技官採用情報 (厚生労働省)
このブログは産業保健分野に関わる医師の先生方が見ておられるかしれません。公衆衛生を土台とした産業医を目指される方は、産業保健の有名な公衆衛生・衛生学の大学の教員を目指すのも一つかと思います。公衆衛生の範囲は広いので、得意分野が違いますので、産業保健をメインな活動としたい場合、どこの大学の公衆衛生学・衛生学の教室でもいいというわけではないので注意しましょう。
産業保健を専門とする予定なら、その分野に特化した公衆衛生学の教室を選ぶことを推奨します。もし国際保健に興味がある場合は、国際保健を主要な研究テーマにしている教室を選択すると良いでしょう。さらに、臨床分野と同じように、教授の交代により研究内容や業務の方向性が大きく変わる可能性がある点に注意が必要です。この点、たとえば、内科の教授が変わったとしても教室の専門分野は内科のままですが、公衆衛生の教授が変わると、教室の研究テーマが産業保健から高齢者の研究に大きく変わるなど、より大幅な変化が起こることがあります。
公衆衛生は特に専門医等はありませんので、誰でも今日から、公衆衛生の医師ですと名乗ることができます。しかし、公衆衛生の実務はブログでは書けないような話も多く、勉強した知識だけでは難しいと思います。
産業保健と公衆衛生
前述のように公衆衛生の範囲内に、産業保健があります。通常の産業保健は公衆衛生の一部になります。産業保健を実践する上で、公衆衛生を知っていることが非常に強いです。具体的にどう強いのかというと、あまりに多くて書ききれないです。そのうち、記事にしたいと思います。
まとめ
このブログでは、ウインスローによる1920年の定義を基に、公衆衛生とその定義について解説しました。公衆衛生は幅広い分野に及び、医療従事者は何らかの形で公衆衛生に関わることが一般的です。また、厚生労働省が定める「公衆衛生医師」の役割についても説明しました。
さらに、公衆衛生と士業との深い関連についても触れました。日本国憲法第25条では「公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と記されており、社会保険労務士や行政書士などの士業は、医師とは異なる業務を担いますが、公衆衛生という共通分野を通じて相互に連携し、統合的な取り組みを実現できます。
また、医師が公衆衛生のキャリアを選択する方法についても紹介しました。
私自身、大学で公衆衛生の教員として勤めていた経験があります。公衆衛生の分野には様々な複雑な問題があり、これらに対応するには、単に学問的な知識だけでなく、多様な技術を組み合わせた問題解決能力が求められます。
労働衛生コンサルタント事務所LAOでは、産業医・顧問医の受託をお受けしております。労務管理と一体になった産業保健業務を多職種連携で行います。