2025/05/18 2025/06/12
【心理学・人事労務担当者向け】アッシュの同調理論とシステムズアプローチ

会議などで「みんなが賛成しているから、自分も賛成しておこう…」という経験をされたことはないでしょうか。
実は、こうした行動には心理学的な背景があり、「アッシュの同調実験」によって示された同調理論に関連しています。
「同調行動」とは、心理学用語で、個人が他者の行動や態度、意見、感情などに合わせる行動を指します。これは無意識のうちに生じることもあり、職場やグループ内で特に顕著に現れる場合があります。
特にシステムズアプローチの観点から見たとき、集団の中で同調行動が発生している場面に気づくことがあります。たとえば、意見が多様に分かれるべき議題であっても、集団の空気や多数派の意見に流されてしまうようなケースです。
今回は、こうした同調理論について解説することで、集団の意思決定に潜む心理的力学に少しでも気づき、より主体的で健全な意思形成に役立てていただければと思います。
アッシュの同調実験
有名な実験に、「アッシュの同調実験」があります。
この実験は、集団の圧力が個人の判断にどのように影響を与えるかを示したものとして、心理学では非常に有名です。
簡単に説明しますと、次のような内容です。
ある人に、「標準線と同じ長さの線は、A、B、Cのうちどれか?」と質問します。
この質問は一見単純で、正解はすぐにわかるものです。
実験の最初、この人は1人だけで、周囲には誰もいません。
今、このブログを読んでいるあなたも、他人に影響されずに自分の判断で答える状況に近いかもしれませんね。
繰り返しになりますが、これは一人きりの状態で質問された場合の話です。
さて、標準線と同じ長さの線はどれでしょうか?
……正解は、Aですよね。
皆様、正しく答えられましたでしょうか?
実際、アッシュの実験でも、一人で答える場合には誤回答はほとんどありませんでした。
ところが、集団の中に入ると、状況は大きく変わります。
アッシュは次に、被験者1人と複数のサクラ(協力者)を一緒にした集団で同じ質問を行いました。
このとき、サクラたちは意図的に間違った答えを言います。
すると、サクラの誤回答が4人以上になると、被験者がその誤った答えに同調してしまう確率が30%を超えるという結果が出たのです。
図に示されているように、Cという**誤った回答をするよう指示された「サクラ」**が4人連続で同じ間違いを答えると、被験者もCと回答してしまう可能性が30%を超えることがあります。
これは、いわゆる**集団の圧力(同調圧力)**によって、被験者の判断や行動が変化したことを示しています。
つまり、一人で考えているときには正しい判断ができていた人が、集団の中では誤った判断をしてしまうという現象です。
しかし、アッシュの実験で特に注目すべきなのは、たった一人でもサクラが正しい答えを述べると、被験者の誤答率は10%以下にまで低下するという点です。
「多数と異なる意見を発言できること」こそが、組織にとって健全な意思決定を支える鍵
これは、「一人の異論」が集団の同調圧力を弱め、正しい判断を後押しする効果があることを意味しています。
日常の職場や会議の場面でも、「みんながそう言っているから」という理由で、何となく間違った方向へ進んでしまうことがあります。
しかし、たった一人でも「これはおかしいのでは?」と声を上げることで、空気が変わり、問題の改善につながる可能性があるのです。
システムズアプローチを応用する際には、同調によって生じる「円環的因果関係」に着目することが重要です。
集団内で無意識に繰り返される行動や態度の中に、原因と結果が循環しながら強化されていく構造が存在する場合があります。
このような円環的因果関係があると、特定の問題や状況が固定化・慢性化する要因となります。
しかし、その構造に対して誰かが「問題提起」や「疑問の表明」を行うことで、循環が一時的に止まり、因果の連鎖が緩和される可能性があります。
とはいえ、この手法は、時として周囲からの抵抗を招くことがあります。
集団の空気に逆らう行動は、時に異質と見なされるため、発言する側には相当な勇気とエネルギーが求められるのです。
それでもなお、意識的に「声を上げる人」が存在することが、健全な集団の形成や問題解決には不可欠であり、システムズアプローチにおいても重要な観点となります。
多くの場合、この同調の構造を解除することができるかどうかは、最終的にはクライエント企業自身が本気で取り組むかどうかにかかっています。
外部からの助言や支援があっても、組織内のメンバーが変化の必要性を認識し、自ら動こうとしなければ、同調の力は持続してしまいます。
また、アッシュの同調理論から導き出されるもう一つの重要な示唆があります。
たとえば、悪意のある人物が会議の場で、自分の思い通りの結論を誘導するために、多数派の発言をコントロールした場合、たとえ他の少数のメンバーが「それは違う」と感じていても、最終的に多数意見に同調してしまうことがあるのです。
したがって、「多数と異なる意見を発言できること」こそが、組織にとって健全な意思決定を支える鍵なのです。
なお、組織の意思決定における同調や認知バイアスを防ぐマネジメント手法の一つとして、あえて「反対意見を述べる役割」を1人に与えるという方法があります。
これは「デビルズ・アドボケイト(悪魔の代弁者)」と呼ばれる手法で、集団が安易に合意に至ることを防ぎ、意思決定の質を高めるために有効です。
まとめ
アッシュの同調実験に見られるように、人は集団の中で無意識に他者の意見に同調してしまう傾向があります。たとえ自分では「間違っている」と感じていても、多数派の意見に合わせてしまうという心理的力学は、職場の会議や日常の意思決定においても少なからず影響を及ぼしています。
この「同調行動」は、一見協調的に見える一方で、誤った判断や健全な意見の抑圧につながる可能性もあるのです。特に、システムズアプローチの観点から見ると、こうした同調が「円環的因果関係」を強化し、組織内の問題構造を固定化してしまう要因ともなり得ます。
だからこそ、たった一人でも「おかしい」と声を上げることが、同調圧力を緩和し、組織の健全な意思決定を導くきっかけになるのです。実際、アッシュの実験でも、1人が正しい答えを示すだけで誤答率が大幅に下がるという結果が得られています。
また、同調を避ける組織的手法として、「デビルズ・アドボケイト(悪魔の代弁者)」という役割を設ける方法も効果的です。常に反対意見を述べる立場を意図的に取り入れることで、思考の偏りやバイアスを避ける仕組みをつくることができます。
最終的に、こうした変化を受け入れ、実際に行動に移すかどうかは、企業自身がどれだけ真剣に組織改善に取り組むかにかかっています。同調という無意識の力に気づき、あえて違う意見を出す勇気を持つこと。それが、より良い組織づくりの第一歩となるのではないでしょうか。
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