2025/04/18 2023/04/18
【安全衛生】産業医・労働衛生コンサルタントは労働基準法・民法を勉強すべきです

「産業医専門なので、労働安全衛生法は任せてください!」と自信を持っておっしゃる産業医や労働衛生コンサルタントは多くいらっしゃいます。確かに、産業医の方々は労働安全衛生法についての知識が豊富です。
しかし実際には、労働安全衛生法を知っているだけでは、現場でその法律を十分に活用することはできません。
特に、労働基準法との連携や理解がなければ、実務上の課題に対応するのは困難です。
今回は、労働安全衛生法だけでは対応しきれない課題と、産業医が押さえておくべき労働基準法、民法、その他関連法令の重要性についてお話しします。
今後の産業保健活動において、より実践的で効果的な対応を目指すために、ぜひ知っておきたいポイントです。
産業医・労働衛生コンサルタントは労働基準法・民法を勉強すべきです。
労働安全衛生法と労働基準法
基本的な話ですが、法律において第1条は「目的条文」とされており、その法律が何のために存在しているのか、その基本的な目的が明記されています。
したがって、新しく制定された法律を理解する際には、まず第1条を読むことが重要です。目的を知ることで、その法律の全体像や適用範囲を的確に把握することができます。
それでは、今回は労働安全衛生法の第1条について触れてみましょう。
※第1条の詳細な解説については、別の記事で改めてご紹介いたします。
労働安全衛生法
(目的)
第一条 この法律は、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)と相まつて、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする。
e-Gov 労働安全衛生法
よく見ると、「労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)と相まつて」と明記されています。
これはつまり、労働安全衛生法は労働基準法と一体的に運用される法律であるということを示しています。
したがって、労働基準法の知識がないと、労働安全衛生法の内容を十分に理解・運用することが難しくなることがあります。
たとえば、以下のようなケースが考えられます。
たとえば、産業医が労働基準法の知識を持っていないと困る具体的なケースには、以下のようなものがあります。
時間外労働時間の算定:たとえば、時間外労働が月80時間を超えると、医師による面接指導の対象となりますが、1年単位の変形労働時間制が採用されている場合にはどう対応すべきか。
就業上の措置を講じる場合の労働条件の確認方法:例えば、勤務時間や休憩・休日の取り決めなど、就業規則や労働契約の詳細な把握が必要です。
労災対応における災害補償責任と労災保険との関係:どちらが優先されるのか、法的な整理が必要になります。
就業規則の読み込みと理解、さらには判例の動向の把握:これは、産業医が現場で適切な判断や助言を行うために欠かせないスキルです。
このように、産業医や労働衛生コンサルタントには、労働基準法の体系的な知識が不可欠です。
労働基準法の体系的な理解と実務への応用については、社会保険労務士の専門領域でもあります。
したがって、産業医と社会保険労務士が連携して対応することが、これからの産業保健の現場では非常に重要であると私は考えています。
労働基準法と民法
それでは「労働基準法を学べば十分なのか?」という疑問が出てきますが、実はそれだけでは不十分です。
よく「社会保険労務士は民法の知識も必要だ」と言われます。ところが現在の社会保険労務士試験では、民法は試験範囲に含まれていません。将来的に試験範囲に加わる可能性はありますが、少なくとも現時点では対象外です。
しかしながら、これは非常に重要なポイントです。なぜなら、労働基準法は民法の特別法として位置づけられているからです。
法律には「一般法」と「特別法」があり、一般法とは民法のように広く一般的に適用される法規を指し、特別法とは労働基準法のように特定の関係(労働関係など)にだけ適用される法規のことです。特別法は、一般法を前提として成り立っています。
したがって、特別法(労働基準法)に定めがない事項や適用が困難なケースでは、一般法(民法)の規定が準用されることになります。
つまり、最低限の民法の知識がなければ、労働法の運用に支障をきたす可能性があるのです。
たとえば、以下のようなケースがあります:
-
時間外労働時間の算定
たとえば、時間外労働が月80時間を超えると、医師による面接指導の対象となりますが、1年単位の変形労働時間制が採用されている場合にはどう対応すべきか。 -
就業上の措置を講じる場合の労働条件の確認方法
例えば、勤務時間や休憩・休日の取り決めなど、就業規則や労働契約の詳細な把握が必要です。 -
就業規則の読み込みと理解、さらには判例の動向の把握
これは、産業医が現場で適切な判断や助言を行うために欠かせないスキルです。 - 産業医契約書の読み込み
直接、産業医業務に関係ありませんが、産業医として活動する上で重要です。 -
労働契約の成立や効力に関して、明確な労基法上の規定がない場面では、民法上の契約に関する原則が適用される。
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債務不履行による損害賠償(安全配慮義務)や不法行為に関する争いが生じないように活動する場合に、民法709条(不法行為)の解釈が必要となる。
こうした背景からも、産業医や労働衛生コンサルタント、さらには社会保険労務士を目指す方も、民法の基本的な考え方や規定を理解しておくことが、より実務的な判断力を育てる上で非常に重要であるといえます。
その他法令
産業医・労働衛生コンサルタントが勉強すべき法令はたくさんあります
■ 健康保険法・厚生年金保険法
メンタルヘルス不調者の休職や、治療と仕事の両立支援に関わる制度設計の根幹。
傷病手当金や障害年金などの制度を正しく理解し、適切な助言を行う必要があります。
■ 労働施策総合推進法(いわゆる「パワハラ防止法」)
職場におけるパワーハラスメントの防止措置義務などを定めており、組織対応を支援するための法的知識が必要です。
■ 男女雇用機会均等法
セクハラ・マタハラなどの防止、妊娠出産に関わる健康管理支援などを含み、ハラスメント対応に必須の法令です。
■ 健康増進法
職場の受動喫煙対策や健康づくりの施策に関する法的枠組み。産業医が関与する喫煙対策や健康教育にも関連します。
■ 高齢者医療確保法(高齢者の医療の確保に関する法律)
健康経営や職場の健康増進施策の法的背景として活用されます。
■ 個人情報保護法
産業医が扱う健康診断結果やカウンセリング記録などの「要配慮個人情報」の取り扱いに関わる重要な法令。
守秘義務の基本的理解と運用が求められます。
■ 障害者雇用促進法
障害者や治療中の労働者に対する合理的配慮の義務や、就業支援の枠組みを理解し、職場での対応に生かす必要があります。
その他、多数の法令を知っておかなければなりません。
まとめ
産業医や労働衛生コンサルタントにとって、労働安全衛生法に精通することは当然のこととされていますが、それだけでは現場の複雑な課題に十分対応することはできません。労働安全衛生法は、労働基準法と一体的に運用される法律であり、その運用には労働基準法の理解が不可欠です。さらに、労働基準法は民法という一般法を基礎とした特別法であるため、民法の基本的な知識も必要になります。
例えば、就業上の措置を検討する際や、労災対応、就業規則の読解、契約書の確認など、日常の実務において労働基準法・民法の視点は欠かせません。また、現代の産業保健では、メンタルヘルスやハラスメント、障害者雇用、受動喫煙対策など、対応すべきテーマが多岐にわたるため、健康保険法、パワハラ防止法、男女雇用機会均等法、健康増進法、個人情報保護法、障害者雇用促進法など、他の関連法令についての理解も必要となります。
つまり、産業医・労働衛生コンサルタントは、労働安全衛生法を基盤にしつつも、より広い法的素養を持って初めて、実践的かつ組織にとって有益な産業保健活動が実現できるのです。法的知識は支援の質を左右する重要な基盤であり、今後の活動においても不断の学習が求められます。
労働衛生コンサルタント事務所LAOでは、産業医・顧問医の受託をお受けしております。労務管理と一体になった産業保健業務を多職種連携で行います。