2023/05/06 2023/05/06
【安全衛生】就業上の措置を行うために知っておくべき労働者に適用される労働条件の優先順位について
医師が医師の意見として述べる就業上の措置ですが、労働条件が関与することはわかってきたと思います。就業上の措置を述べる際だけでなく、産業医が従業員と面談してキャリア支援を考慮する場合や、診療情報提供依頼書の主治医への依頼事項を決定する際にも、労働条件がどのようになっているかを確認すべきです。
今回は、産業医が知っておくべき労働条件に関するお話です。
就業上の措置を行う前に知っておくべき労働条件についてわかりやすく解説
労働条件を決定する要素
労働条件を決定するものは、4つあります。
- 法令
- 労働協約
- 就業規則
- 労働契約
これらについて解説いたします。
なお、労働基準法2条には、「就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々の義務を履行しなければならない」と記載されています。
それぞれについて、個別に解説していきます。
労働基準法(労働条件の決定)
第二条 労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。
② 労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行しなければならない。
①法令について
法令については、メインは労働基準法になります。民法の特別法に該当します。
本当は産業医は民法も勉強しておくべきだと考えます。
労働基準法に違反する場合は、罰則が適用される場合もありますので注意が必要です。
②就業規則について
就業規則とは、労働者が遵守すべき服務規律や労働時間、賃金等の労働条件について使用者が定めたものです。
こちらに記載されている内容は、絶対的必要記載事項と相対的必要記載事項に分かれます。
なお、労働基準法15条の労働条件通知書にも同じような規定がありますが、こちらは、絶対的明示事項と相対的明示事項と言われます。「必要記載」と「明記」の違いですね。
産業医が就業規則の改変に関わることはあまりないと思いますが、実際は就業規則の中に、休業規程、産業医との面談の規定、診断書の提出義務、診断書の費用の負担等についてきちんと記載があると、それらを前提に産業医が活動しやすいです。
そして、もしこれらが記載され、整備されていたとしても、就業規則を読み込み、それらを理解して活動できる産業医でないと意味がないでしょう。
労働基準法(作成及び届出の義務)
第八十九条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
一 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
二 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
三 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
三の二 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
四 臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項
五 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項
六 安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項
七 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項
八 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項
九 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
十 前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項
(作成の手続)
第九十条 使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。
② 使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。
③労働協約
労働協約については、労働組合が存在する会社であることが前提となります。労働基準法ではなく、労働組合法に規定があります。
労働協約は、使用者と労働組合が協議し、労働条件等について合意した結果を約束したものです。
第三章 労働協約
(労働協約の効力の発生)
第十四条 労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによつてその効力を生ずる。(労働協約の期間)
第十五条 労働協約には、三年をこえる有効期間の定をすることができない。
2 三年をこえる有効期間の定をした労働協約は、三年の有効期間の定をした労働協約とみなす。
3 有効期間の定がない労働協約は、当事者の一方が、署名し、又は記名押印した文書によつて相手方に予告して、解約することができる。一定の期間を定める労働協約であつて、その期間の経過後も期限を定めず効力を存続する旨の定があるものについて、その期間の経過後も、同様とする。
4 前項の予告は、解約しようとする日の少くとも九十日前にしなければならない。
(基準の効力)
第十六条 労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となつた部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする。
(一般的拘束力)
第十七条 一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるものとする。
また、一般的効力というのもあり、ある程度の数の労働者が労働協約の適用を受ける場合には、他の同種の労働者にも労働協約が適用されます(労働組合法17条)。
労働組合法(一般的拘束力)
第十七条 一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるものとする。
e-Gov 労働組合法
労働契約
労働契約は、使用者と労働者個人との間で労働条件について合意したものを指します。労働条件通知書を発行する必要がありますが、労働条件通知書と労働契約が一体化していることも多いです。
こちらについては、以下の記事に詳細があります。
法令、労働協約、就業規則、労働契約の優劣について
また、就業規則と労働契約および労働協約、労働協約と労働契約との関係については、労働基準法、労働契約法および労働組合法に規定があり、効力の優先順位は優位なものから以下の順番になります。
- 法令
- 労働協約
- 就業規則
- 労働契約
以下、根拠となる法令をいつかあげます。
- 労働組合法16条 労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となつた部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする。
→労働協約は労働契約より強いですね。 - 労働基準法92条(法令及び労働協約との関係)
就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。
② 行政官庁は、法令又は労働協約に牴触する就業規則の変更を命ずることができる。
→就業規則は労働協約より弱いですね。 - 労働基準法93条(労働契約との関係)
労働契約と就業規則との関係については、労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第十二条の定めるところによる。
→以下が労働契約法12条です。 - 労働契約法12条(就業規則違反の労働契約)
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
→労働契約より、就業規則の方が強いですね。就業規則に達しない場合には、就業規則が適用されるのです。
→就業規則で定める基準に「達しない労働条件」はその部分について無効ですが、達する場合には、有効のままとなります。
このように、労働条件を定めるものは複数あり、優先順位があります。
他にも細かい論点は多数あるのですが、従業員の方がどのような労働条件が適用されるかは知っておくべきでしょう。
多くの場合は、労働契約と就業規則になるかと思いますが、労働組合がある場合には労働協約も注意しましょう。
労働条件に関する様々な論点
就業規則で定める基準に達しない労働契約の効力
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とし、無効となった部分は就業規則で定める基準となります(老老基準法93条、労働契約法12条)。
労働基準法93条(労働契約との関係)
労働契約と就業規則との関係については、労働契約法第十二条の定めるところによる。
e-Gov 労働基準法(就業規則違反の労働契約)
第十二条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
e-Gov 労働契約法
就業規則で定める基準を上回る労働規約の効力
就業規則を上回る労働条件を労働契約において定めた場合には、就業規則の定めに寄らず、労働契約で定める基準となります。つまり、この場合、就業規則より労働契約優先ということになります。
この規定は労働契約法7条の但し書きの部分になります(黄色ハイライト)。
「労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分」については、労働契約で合意していたことを指します。
この部分は産業医にとっても重要です。就業規則の条件で復職支援を行おうとしていたら、実際の労働契約をよく見ると就業規則より有利であるということに注意しましょう。
例えば、就業規則では、休職期間が6か月と設定されているが、労働規約では、休職期間が1年となっている場合などが挙げられます。
第七条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
(就業規則違反の労働契約)
第十二条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
労働協約と労働契約との関係
労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効となります(労働組合法16条)。
しかし、その無効となった部分は労働協約の定める基準により決定されます。これは、規範的効力と呼ばれます。
労働組合法
16条 労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となつた部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする。
就業規則と労働協約の関係
就業規則は、法令又は当該事業所について適用される労働協約に反してはならないとされています(労働基準法92条)。
就業規則が、法令又は労働協約に反する場合には、当該反する部分については、労働契約法7条、10条及び13条の規定は、当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については適用されません。
労働基準法(法令及び労働協約との関係)
第九十二条 就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。
② 行政官庁は、法令又は労働協約に牴触する就業規則の変更を命ずることができる。e-Gov 労働基準法
労働契約法13条(法令及び労働協約と就業規則との関係)
第十三条 就業規則が法令又は労働協約に反する場合には、当該反する部分については、第七条、第十条及び前条の規定は、当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については、適用しない。第七条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
(就業規則違反の労働契約)第十二条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
船員の労働条件は特殊です
陸上制度の労働者は、労働安全衛生法、労働基準法の適用になりますが、船員に対して労働基準法は一部のみ適用されます。
そして、船員法31条は、労働基準法と同様に、「その無効の部分については、この法律で定める基準に達する労働条件を定めたものとみなす」との規定があります。
(この法律に違反する契約)
第三十一条 この法律で定める基準に達しない労働条件を定める雇入契約(予備船員については、雇用契約。以下この条、次条、第三十三条、第三十四条、第五十八条、第八十四条及び第百条において同じ。)は、その部分については、無効とする。この場合には、雇入契約は、その無効の部分については、この法律で定める基準に達する労働条件を定めたものとみなす。
まとめ
産業医は、就業上の措置として医師の意見を述べる際には当該従業員の労働条件を考慮する義務はありません。
しかし、労働条件を無視して就業上の措置に関する意見を述べると混乱が起きる可能性があります。
また、主治医に診療情報提供依頼書を発行する場合には、依頼事項についてどのような情報が必要かを想定し、ピンポイントで情報を得ることができます。
労働条件を決定するには、法令、労働協約、就業規則、労働契約があり、適用される優先順位があります。
細かい論点も存在しますので、実務では会社にきちんと確認しましょう。
産業医も労働法を勉強しましょう。
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