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化学物質の管理を解説

2023/04/10 2023/04/12

【特化物】アーク溶接における「溶接ヒューム」に対する健康管理について(粉じん作業とマンガン中毒)

アーク溶接により生じた溶接ヒュームは2類特化物に該当します。この溶接ヒュームに関しては管理が複雑であるとしてよくご質問を受けます。
溶接ヒュームの管理について、きれいにまとめてお話したいと思います。

【特化物】アーク溶接における「溶接ヒューム」に対する健康管理について

溶接ヒュームとはどのようなものか?

溶接ヒュームとは金属アーク溶接等作業において、加熱により発生する粒子状物質ということになります。
やかんで水を沸騰させると、白い蒸気が出ますよね。これは、気体が冷やされた結果、細かい粒子の水が液体で存在しているものです。
金属を高温で気化させても同じことが起こります、金属の融点は高いので、液体ではなく固体となり、細かい粒子の金属が固体で存在することなります。
そして、溶接により生じた蒸気が空気中で凝固した固体の粒子の大きさは、粒径0.1~1um程度と言われています。

では、金属アーク溶接等作業ですが、金属をアーク溶接する作業、アークを用いて金属を溶断し、またはガウジングする作業その他の溶接ヒュームを製造し、または取り扱う作業ということになっています。
ちなみに、TIG溶接、炭酸ガスアーク溶接(MIG、MAG)、プラズマアーク溶接はアーク溶接の一種ですので、これらの溶接ヒュームも今回の規制の対象になります。


溶接ヒュームとマンガン中毒について

さて、このような粒子を吸い込むと、じん肺になります。では、この溶接ヒュームがじん肺の予防のために特化物として規制がかかったのかと言われると、そうではありません。

米国産業衛生専門家会議(ACGHI)と欧州委員会科学委員会(EC)で粒径別のマンガン及びその化合物のばく露限界値が勧告され、さらにマンガンの管理濃度について見直しが検討されていました。

こういった背景により、溶接ヒュームに含まれるマンガンによる健康障害の対策をすべきということになったのです。

 ステンレス(SUS)の安全データシート(SDS)はチェックしましょう

ところで、皆さんはステンレス(SUS)の安全データシート(SDS)を見たことがありますでしょうか。よくスルーされているのですが、ステンレスのSDSはあります。
もし、皆様がステンレスの溶接を行うのであれば、SDSを入手しておきましょう。

ちょっと、「ステンレス」、「SDS」のキーワードでネットで調べればいくつも出てきます。

(以下例です)
ステンレス鋼の鋼板,鋼帯,棒及び線材並びに耐熱鋼板及び鋼帯 (Mn:0%~10%未満,Ni: 0%~10%未満,Cr: 20%~30%未満)
ステンレス鋼の鋼板,鋼帯,棒及び線材並びに耐熱鋼板及び鋼帯 (Mn:0%~10%未満,Ni: 10%~20%未満,Cr: 10%~20%未満)
ステンレス鋼の鋼板,鋼帯,棒及び線材並びに耐熱鋼板及び鋼帯 (Mn:0%~10%未満,Ni:10%~20%未満,Cr: 20%~30%未満)

このように、マンガン、ニッケル、クロムが含まれますよね。
金属ニッケル(CAS番号 7440-02-0)はSDS交付義務のある物質です。
これらの細かい粒子を吸い込んでしまうというのはまずいというのは想像つきますよね

今回の特化物への溶接ヒュームの追加はマンガンをターゲットにしていますが、クロム・ニッケルの健康障害がでてもおかしくないですよね。

特化物としての溶接ヒュームの健診項目

特化物の健康診断については以下の記事でお話しています。

特化則別表第三(第三十九条関係)に溶接ヒュームを製造し、又は取り扱う業務の一次健康診断項目が定められていますが、以下のようになっています。

特化物健診においては、別表第3に一次健診が、別表第4に二次健診について記載されていましたよね。
溶接ヒュームと、マンガンの健診項目を並べてみましょう。

  溶接ヒューム(これをその重量の一パーセントを超えて含有する製剤その他の物を含む。)を製造し、又は取り扱う業務 マンガン又はその化合物(これらの物をその重量の一パーセントを超えて含有する製剤その他の物を含む。)を製造し、又は取り扱う業務
別表3
(一次健診)
一 業務の経歴の調査
二 作業条件の簡易な調査
三 溶接ヒュームによる
せき、たん、仮面様顔貌、膏こう顔、流涎えん、発汗異常、手指の振顫せん、書字拙劣、歩行障害、不随意性運動障害、発語異常等のパーキンソン症候群様症状の既往歴の有無の検査
四 せき、たん、仮面様顔貌、膏こう顔、流涎えん、発汗異常、手指の振顫せん、書字拙劣、歩行障害、不随意性運動障害、発語異常等のパーキンソン症候群様症状の有無の検査
五 握力の測定
一 業務の経歴の調査
二 作業条件の簡易な調査
三 マンガン又はその化合物による
せき、たん、仮面様顔貌、膏こう顔、流涎えん、発汗異常、手指の振戦、書字拙劣、歩行障害、不随意性運動障害、発語異常等のパーキンソン症候群様症状の既往歴の有無の検査
四 せき、たん、仮面様顔貌、膏こう顔、流涎えん、発汗異常、手指の振戦、書字拙劣、歩行障害、不随意性運動障害、発語異常等のパーキンソン症候群様症状の有無の検査
五 握力の測定
別表4
(二次健診)
一 作業条件の調査
二 呼吸器に係る他覚症状又は自覚症状がある場合は、胸部理学的検査及び胸部のエツクス線直接撮影による検査
三 パーキンソン症候群様症状に関する神経学的検査
四 医師が必要と認める場合は、尿中又は血液中のマンガンの量の測定
一 作業条件の調査
二 呼吸器に係る他覚症状又は自覚症状がある場合は、胸部理学的検査及び胸部のエツクス線直接撮影による検査
三 パーキンソン症候群様症状に関する神経学的検査
四 医師が必要と認める場合は、尿中又は血液中のマンガンの量の測定


e-Gov 特化則別表第三(第三十九条関係)

おわかりでしょうか。
溶接ヒュームと、マンガンの一次と二次の健康診断項目は同じなのです。

しかし、「溶接ヒューム」と「マンガン及びその化合物」の毒性や健康影響は異なる可能性が高いことから、「溶接ヒューム」を独立した特定化学物質(管理第2類物質)として位置付けているのです。
今のところ、あくまで「毒性や健康影響は異なる可能性」です。

マンガンが含有される金属を使用しない場合

しかし、ここで疑問が生じます。マンガンが含まれていない金属のアーク溶接で、マンガン中毒は起きないのでは?と。
ステンレス等にはマンガンが含まれている可能性が高いですが、例えば純粋な鉄(Fe)の溶接はマンガンが入っていないので、マンガンの健康障害は関係ないのでは?と思いませんでしょうか。

はい、この場合でも、金属アーク溶接等作業 の定義「金属をアーク溶接する作業、アークを用いて金属を溶断し、またはガウジングする作業その他の溶接ヒュームを製造し、または取り扱う作業 」の中には「金属」としか書かれていないので、純粋な鉄であって、マンガンが入っていなくても、この溶接ヒュームの健診項目で特殊健康診断を行わなければならないのです。

溶接ヒュームによるマンガン中毒とじん肺の健康管理の関係性

さらにもう一つ、この溶接ヒュームの健診項目には、じん肺のことが入っていないですよね。
実はアーク溶接は、粉じん作業(「粉じん障害防止規則」第2条1項1号、別表第1)の一つなので、じん肺とその合併症に関してはじん肺法の対象になり、じん肺健診などを行い、健康管理をおこなっていきます。

非常にわかりやすくいうと

アーク溶接を行う場合
①粉じん(粒子)を吸入することによっておこるじん肺の健康障害と対策はじん肺法で対応する。
②粉じん(粒子)、ヒュームに含まれるマンガンを含む粒子の影響を特化物として対応する。
ということになります。

しかし、溶接ヒュームの健康診断では、マンガンには対応していますが、クロムとかニッケルの影響は対応していないですよね。
こちらに関しては、溶接ヒュームに含まれる物質の毒性や発がん性が明らかになった場合、特殊健康診断の項目を再検討するということになっています※1。

事業所としては、これらの対応は、化学物質の自律的な管理により対応してゆくことになります。
※1 令和元年度、化学物質による労働者の健康障害防止措置による検討会報告書

まとめ)

アーク溶接により生じる溶接ヒュームの健康管理に関しては
①粒子によるじん肺への対策
②粒子に含まれる有害物質であるマンガンへの対策
の二本立てが必要です。

特化物に関しては、ヒュームに含まれるマンガン中毒の防止をメインターゲットにしています。
じん肺の対策については、従来よりのじん肺法の範疇になるので、そちらを実践していきましょう。

そして、ステンレス(SUS)の溶接に関しては、ニッケルが含まれていることもあり、ニッケルについても注意が必要になります。
化学物質の自律的管理を行う場合に問題になります。

労働衛生コンサルタント事務所LAOは、化学物質の自律的管理について、コンサルティング業務を行っております。

産業医として化学物質の自律的管理に対応可能な医師はあまりいないと思われますが、継続的なフォローも必要なため、産業医又は顧問医としての契約として、お受けしております。

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化学物質の個別的な規制についても得意としています。

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この記事を書いた人

清水 宏泰

1975年生まれ。公衆衛生分野の専門家。現在はさまざまな組織の健康問題を予防するためにLAOにて行政書士・社労士・労働衛生コンサルタントとして活動しています。主に健康、心理系、産業保健の情報について発信していきます。

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