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【初心者・産業医向け】産業医の要休業の意見に関わる、休業手当についてわかりやすく解説

皆様は休業手当という言葉を聞いたことがありますでしょうか。今回は、産業医が必ず知っておかなければならない、休業手当について解説します。

産業医で休業手当が発生する要件について考慮しながら、要休業や、休職の継続の意見を出す方はほとんどいないのではないでしょうか。
休業手当がどのような場面で発生するのかは、休職や復職が妥当かという判断につながりますので重要です。

休業手当とはなにか?産業医とのかかわりについて解説

 休業手当とは

休業手当とは、非常に簡単に言いますと、会社の都合で、従業員に会社に来るなと言ったら、会社は平均賃金の6割以上を従業員に支払わなければならず、支払わなければ労働基準監督署に支払いなさいと指導を受ける可能性のあるものです。(この記述は不正確ですが、これを最初に頭に入れておけばすっと理解できると思います。)

休業手当については、その論点が多岐にわたります。まず、休業手当に関する規定は、労働基準法第26条に記載されています。ここで注目すべきキーワードは「使用者の責に帰すべき事由」という表現です。
ここでは、「使用者の責めに帰すべき事由」による休業の場合には、休業期間中に当該労働者に対して、平均賃金の6割を支払わなければならないということです。

(休業手当)
第二十六条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

e-Gov 労働基準法

「使用者の責に帰すべき事由」(労働基準法第26条)に類似する表現として、「債権者の責に帰すべき事由」という言葉があります。「使用者」と「債権者」という部分が違いますね。これは民法第536条の「危険負担」に関する規定です。
民法第536条第2項のハイライト部分を見ると、債権者の責に帰すべき事由によって債務の履行が不可能になった場合、債権者は反対給付の履行を拒むことができないと規定されています。

一般的な労働契約においては、使用者(会社等)が従業員に働くよう求める「債権者」となります。その反対給付として、使用者(会社等)は従業員に対する「賃金債務」の支払いを履行する必要があります。

したがって、会社の都合で従業員が働けなくなった場合、その都合が「債権者の責に帰すべき事由」に該当するとなると、会社は従業員に対して反対給付である賃金の全額を支払う必要があります。注意してほしいのは、この場合、賃金の一部を支払うという規定はなく、原則として100%支払う必要があることです。

民法(債務者の危険負担等)
第五百三十六条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

e-Gov 民法

労働基準法26条に休業手当と、民法536条の危険負担については、賃金については同じようなことを述べていることになりますが、かなり多くの論点を含みます。この詳しい違いについて後述いたします。

なお、先ほど、休業手当を支払わなければ労働基準監督署に支払いなさいと指導を受けると解説しましたが、休業手当を支払わない場合は罰則があり、30万円以下の罰金となります。支払いなさいとの指導は、行政指導になりますが、この行政指導が繰り返されても支払いがなく、従業員の意向によっては、告訴される可能性があります。したがって、休業手当の支払い義務は事実上強制力があります。

第百二十条 次の各号のいずれかに該当する者は、三十万円以下の罰金に処する。
一 第十四条、第十五条第一項若しくは第三項、第十八条第七項、第二十二条第一項から第三項まで、第二十三条から第二十七条まで、第三十二条の二第二項(第三十二条の三第四項、第三十二条の四第四項及び第三十二条の五第三項において準用する場合を含む。)、第三十二条の五第二項、第三十三条第一項ただし書、第三十八条の二第三項(第三十八条の三第二項において準用する場合を含む。)、第三十九条第七項、第五十七条から第五十九条まで、第六十四条、第六十八条、第八十九条、第九十条第一項、第九十一条、第九十五条第一項若しくは第二項、第九十六条の二第一項、第百五条(第百条第三項において準用する場合を含む。)又は第百六条から第百九条までの規定に違反した者
二 第七十条の規定に基づいて発する厚生労働省令(第十四条の規定に係る部分に限る。)に違反した者
三 第九十二条第二項又は第九十六条の三第二項の規定による命令に違反した者
四 第百一条(第百条第三項において準用する場合を含む。)の規定による労働基準監督官又は女性主管局長若しくはその指定する所属官吏の臨検を拒み、妨げ、若しくは忌避し、その尋問に対して陳述をせず、若しくは虚偽の陳述をし、帳簿書類の提出をせず、又は虚偽の記載をした帳簿書類の提出をした者
五 第百四条の二の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は出頭しなかつた者

e-Gov 労働基準法 

 

「使用者の責めに帰すべき事由」と「「債権者の責めに帰すべき事由」の違いについて解説

では、この労働基準法の「使用者の責めに帰すべき事由」と民法の「「債権者の責めに帰すべき事由」はどのように違うのでしょうか。こちらはノースウェスト航空事件の判例があります。

 そこで、労働基準法二六条の「使用者の責に帰すべき事由」と民法五三六条二項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」との異同、広狭が問題となる。休業手当の制度は、右のとおり労働者の生活保障という観点から設けられたものではあるが、賃金の全-額においてその保障をするものではなく、しかも、その支払義務の有無を使用者の帰責事由の存否にかからしめていることからみて、労働契約の一方当事者たる使用者の立場をも考慮すべきものとしていることは明らかである。そうすると、労働基準法二六条の「使用者の責に帰すべき事由」の解釈適用に当たつては、いかなる事由による休業の場合に労働者の生活保障のために使用者に前記の限度での負担を要求するのが社会的に正当とされるかという考量を必要とするといわなければならない。このようにみると、右の「使用者の責に帰すべき事由」とは、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであつて、民法五三六条二項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当である。

引用元:ノースウエスト航空事件 最二小判昭62.7.17 裁判所、判例

つまり、「使用者の責に帰すべき事由」は、「債権者の責に帰すべき事由」(昔の民法はカナ表示です)より広いということになります。図にしますと以下のようになります。
「債権者の責に帰すべき事由」は「使用者の責に帰すべき事由」に内包されています。


つまり、「債権者の責めに帰すべき事由」に該当する場合には、「使用者の責めに帰すべき事由」に該当しますが、「使用者の責めに帰すべき事由」に該当するからと言って、「債権者の責めに帰すべき事由」に当たるかはわからないということになります。

非常にわかりやすく言い換えます。

「使用者の責めに帰すべき事由」は、かなり広く認められてしまうと覚えておきましょう。

休業手当が支払われる具体例

休業手当が支払われる範囲は非常に広いです。以下に例を示します。

休業手当が支払われる事案の例
  1. 仕事がない、製品が売れない、資金調達が困難など、 経営不振による休業
  2. 資材の不足による休業
  3. 会社の設備、工場の機械の不備・欠陥による休業
  4. 従業員不足による休業 

例えば、資材の不足による休業ですが、親工場の問題で、下請工場が資材を獲得できず休業した場合には、「使用者の責めに帰すべき事由」に当たり、下請工場の使用者は休業手当を支払わなければなりません。下請け工場には責任がなさそうにも思えますよね。この他にも、休業手当には、さまざまな判例がありますので、しっかり勉強して、非常に広く認められることを知っておきましょう。

休業手当の「6割以上」と民法の兼ね合い

休業手当に関しては、平均賃金の60%以上を支払わなければならないと定められていますが、残りの40%以下についてはどうなるのでしょうか?
この点について、前述の通り、「債権者の責に帰すべき事由」に該当する場合、民法第536条の「危険負担」においては賃金の全額が対象となります。つまり、民法上では賃金の100%を支払う必要があります。

したがって、「債権者の責に帰すべき事由」に該当する場合には、本来得られるはずであった賃金から、休業手当を控除した部分に相当する額の請求を使用者に行えることになります。

 休業手当の労働基準監督署のかかわりについて

労働基準監督署は、労働基準法第104条の2に基づき、労働基準法を施行するため必要があると認められるときに活動することが可能です。したがって、使用者が労働者に対して労働基準法第26条に基づく休業手当を支払っていない場合、労働基準監督署に申告することができます。申告を受けた労働基準監督署は通常、調査を行い、行政指導を進めるでしょう。

また、前述のように、告訴がなされる場合もあります。

ただし、休業手当は「平均賃金の60%以上」を支払うことが必要ですが、60%まで支払われていれば、労働基準法第104条の2に基づく労働基準監督官の対応範囲外となるため、それ以上の措置は期待できません。残りの40%未満については、民法に基づき裁判で請求する必要があります。

労働基準法(報告等)
(監督機関に対する申告)
第百四条 事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。
② 使用者は、前項の申告をしたことを理由として、労働者に対して解雇その他不利益な取扱をしてはならない。

第百四条の二 行政官庁は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、使用者又は労働者に対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずることができる。
② 労働基準監督官は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、使用者又は労働者に対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずることができる。

e-Gov 労働基準法

 産業医面談・医師面談における実務での注意点

では、産業医や医師が休業手当を意識しなければならないポイントについて解説しましょう。

医師の意見で休業させるときは、「使用者の責めに帰すべき事由」にあたらないように注意が必要です。

例えば、従業員の一般健康診断で状態が悪い場合に、医師が「要休業」という意見を出す場合に、休業手当が問題となることがあります。

この点、健康診断の客観的なデータが悪く、現在の業務を続けると健康障害が発生する可能性がある場合、これは労働安全衛生法第66条の4、第66条の5に基づくものであり、休業手当は発生しません。

しかし、産業医が「要休業」の意見を会社へ出し、その医師の意見に基づいて会社が休業命令を出す場合には、「使用者の責に帰すべき事由」または「債権者の責に帰すべき事由」に該当するかどうかを、産業医や医師は常に考慮する必要があります。

労働安全衛生法
(健康診断の結果についての医師等からの意見聴取)
第六十六条の四 事業者は、第六十六条第一項から第四項まで若しくは第五項ただし書又は第六十六条の二の規定による健康診断の結果(当該健康診断の項目に異常の所見があると診断された労働者に係るものに限る。)に基づき、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について、厚生労働省令で定めるところにより、医師又は歯科医師の意見を聴かなければならない。

(健康診断実施後の措置)
第六十六条の五 事業者は、前条の規定による医師又は歯科医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか、作業環境測定の実施、施設又は設備の設置又は整備、当該医師又は歯科医師の意見の衛生委員会若しくは安全衛生委員会又は労働時間等設定改善委員会(労働時間等の設定の改善に関する特別措置法(平成四年法律第九十号)第七条に規定する労働時間等設定改善委員会をいう。以下同じ。)への報告その他の適切な措置を講じなければならない。
2 厚生労働大臣は、前項の規定により事業者が講ずべき措置の適切かつ有効な実施を図るため必要な指針を公表するものとする。
3 厚生労働大臣は、前項の指針を公表した場合において必要があると認めるときは、事業者又はその団体に対し、当該指針に関し必要な指導等を行うことができる。

e-Gov 労働安全衛生法

問題となるのは、従業員が客観的に労務を提供できる状態にもかかわらず、産業医の意見に基づき休職とされ、その後、休職期間の終了後に退職に至るケースです。この場合、会社が労働の受領を拒否したことになり、従業員より休職の理由がそもそも就業規則上の休職事由にあたらないと主張される可能性があります。そして、休職期間が終了した後の退職は実質的に解雇となるが、解雇事由にあたらないので無効であると主張されるかもしれません。このような場合、退職が無効とみなされ、会社は遡って大量の賃金(反対給付)の支払い義務を負うことになる可能性があります。

以下の例は極端な架空の例ですが、どう思われるでしょうか。

ある従業員Aの調子が悪そうだったので、上司がメンタルヘルス不調を疑い産業医に相談しました。
産業医は従業員Aと面談を行い、精神科へ紹介状を書き、従業員Aは精神科を受診しました。その結果、うつ病と診断され、任意で従業員Aは診断書を会社に提出しました。

診断書には、「うつ病」であるとだけ記載されており、休職すべきかどうかについては記載がありませんでした。
その後、産業医は、Aと面談し、要休業の医師の意見を述べました。Aは、問題なく業務を遂行できると言い、主治医も業務は全く問題なくできると言っていたと主張しました。

しかし、休職命令が発令され、6か月後、従業員Aは休職期間満了となり、自然退職となりました。

上記のような場合、従業員Aは、休職命令については、「使用者の責めに帰すべき事由」による休業命令であり、就業規則上の休職事由ではないので、休職期間満了を満たしていないと主張するかもしれません。

産業医は、主治医に診療情報提供依頼書を発行して、主治医が本当に業務は全く問題なくできるかを確認すべきであったかもしれません。実際に業務が問題なくできるのかどうかを、客観的で合理的な指標で評価すべきだったのかもしれません。

上記の例は、民法上も同様の問題が生じますが、前述のように、労働基準法における休業手当の「使用者の責めに帰すべき事由」は非常に広いのです。

産業医は、どのような場合に、「使用者の責めに帰すべき事由」にあたるか判断できる感覚がないと、後に休業命令は会社による自宅待機命令であるとしてトラブルとなるかもしれません。

特に休職が絡む場合には、多額の金銭の支払いが必要となることがあり、注意が必要です。

このようなトラブルを避けるためにどうすればいいのかについては、また、別記事にしたいと思います。

産業医の先生方は、ぜひお伝えしたいことがあります。
従業員の休職する状況は多様であり、何一つ全く同じ案件はありません。よって、一律の対応をすることはできません。
各々のケースを丁寧に分析し、それに応じて対処する必要があります。そうしなければ、休職に関する案件は会社に莫大な金銭的損失をもたらす可能性があります。

職場復帰で主治医の復職可能日より後の日に復職させるとき

メンタルヘルスの問題で1年程度休職していた従業員が、復職可能であるとする診断書を提出し、翌日からの勤務を希望するケースは、多くの企業で実際に発生しています。通常、このような場合に翌日からの復職を許可することはまれでしょう。診断書が復職可能であるとする日に従業員が働く意欲を示している場合、休業手当の要件を満たす可能性があります。特に、1年程度の長期休職後では、通常、適切な職場復帰支援の手続きが必要です。主治医の意見書の取得も重要ですが、これを1日で行うのは現実的ではありません。

このような場合、主治医が提示した復職可能日以降に使用者が休業命令を行った期間について、休業手当が発生することになります。産業医としては、要休業の意見を出す際に、「使用者の責に帰すべき事由」に該当するかを考慮し、論理的に構成することが重要です。

実務上では、60%の給与を支払うかどうかという金額の問題よりも、休業手当の支給日が病気等による休職期間に含まれるかどうかが重要な問題です。休業手当が支給された日が休職期間に算入されるかどうかが焦点になります。

なお、休業手当が発生する日について、傷病手当金の取得が可能かという論点があります。労務に服することができないことにつき、主治医と産業医の意見に相違がある場合については、別の記事で詳しく説明します。



 まとめ

休業手当に関する説明を行いました。
産業医は、「使用者の責に帰すべき事由」と「債権者の責に帰すべき事由」の違いを理解しておくことが重要です。民法についても学び、知識を深めることが必要です。

産業医が就業上の措置に関して意見を述べる際には、「使用者の責に帰すべき事由」に該当するような状況は避けるべきです。

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この記事を書いた人

清水 宏泰

1975年生まれ。公衆衛生分野の専門家。現在はさまざまな組織の健康問題を予防するためにLAOにて行政書士・社労士・労働衛生コンサルタントとして活動しています。主に健康、心理系、産業保健の情報について発信していきます。

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