キャリアコンサルタント・心理学について|士業系産業医が語る産業保健
2023/06/06 2023/06/06
【医療職向け】保健師・看護師と社会保険労務士のダブルライセンスについて
士業と医療職の掛け合わせのダブルライセンスは、まだ一般的ではないと思われます。
その中でも、産業医と社会保険労務士(社労士)の組み合わせは、産業保健分野では相性がいいです。その他、産業保健分野で活躍するメジャーな医療職としては、保健師・看護師がいます。
今回は、この保健師・看護師の社労士とのダブルライセンスについて私の主観でお話したいと思います。
産業・企業分野における看護師・保健師について
保健師と看護師の違い
まず、保健師と看護師の違いについて解説します。
保健師・看護師の方はご存じでしょうが、人事労務担当者の方向けには解説が必要でしょう。
医療業界は、資格によりできることがかっちり分かれています。
「保健師」と「看護師」の違いは保健師助産師看護師法に記載があります。
保健師助産師看護師法を見ると、2条と3条は全く別物ですね。
保健師は「保健指導の従事する」、看護師は「傷病者若しくはじよく婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行う」ですよね。
はい、「保健師」と「看護師」、この二つの資格は別物です。医療職でない多くの方は、保健師の中に看護師が含まれていると思われるかもしれませんが、別物です。お免状も2枚あります。
ですので、保健師と社労士のダブルライセンスというのは、元来、看護師、保健師、社労士のトリプルライセンスであるということが言えます。
なお、保健師と助産師は看護師免許がないと無効となるので、看護師の国家試験に不合格で、保健師に合格であっても、両方不合格と同じ扱いとなります。
e-Gov 保健師助産師看護師法保健師助産師看護師法
第一章 総則
第一条 この法律は、保健師、助産師及び看護師の資質を向上し、もつて医療及び公衆衛生の普及向上を図ることを目的とする。
第二条 この法律において「保健師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、保健師の名称を用いて、保健指導に従事することを業とする者をいう。
第三条 この法律において「助産師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、助産又は妊婦、じよく婦若しくは新生児の保健指導を行うことを業とする女子をいう。
第四条 削除
第五条 この法律において「看護師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、傷病者若しくはじよく婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行うことを業とする者をいう。
第六条 この法律において「准看護師」とは、都道府県知事の免許を受けて、医師、歯科医師又は看護師の指示を受けて、前条に規定することを行うことを業とする者をいう。
社会保険労務士の受験資格については注意が必要です
なお重要なことなのですが、社会保険労務士は、大学を卒業していれば、原則として問題なく受験できます。
看護師で専門学校卒業の場合は、そのままでは社会保険労務士を受験できないことがほとんどですので注意しましょう。
保健師で大学卒であれば、問題なく受験できます。
看護師は様々なルートがあるので、条件については以下を参照にしてください。
こういう時に受験資格があるかどうかは、とにかく、電話で聞く。わかっていても電話で確認することが重要です。
社会保険労務士試験オフィシャルサイト 受験資格について
https://www.sharosi-siken.or.jp/exam/
産業保健における保健師・看護師
産業保健分野において活躍する保健師・看護師の方は多くおられます。
ただ、労働安全衛生法をはじめ法令上、保健師・看護師は産業医のように事業所に選任義務はありません。
ですので、今のところ、事業所は自分の判断で保健師に健康管理業務を行ってもらっているということになります。
この点、以下の調査報告書がありますので、状況をご説明いたします。
令和2年度 事業場における保健師・看護師の活動実態に関する調査報告書 令和3年9月
産業保健師・看護師がどのような業務を行っているかについて上記資料を引用しました。
この業務内容を見ると、「健康経営の取り組みへのかかわり」、「BCP(事業継続計画)の取り組みへの関わり」が社会保険労務士に関係ありそうですね。
個人的な意見では、社会保険労務士とのダブルライセンスで、上記以外の部分でも活躍できる分野がたくさんあると思います。
保健師と看護師ができる業務の違い
では、保健師と看護師の業務範囲の違いですが、実はありません。つまり、業務独占ではないということです。
ただし、名称独占は存在し、保健師でない者は、保健師助産師看護師法第2条に基づく業務を行う際には、保健師または類似する名称を使用してはなりません。つまり、看護師の称号でも通常の保健指導を行うことができるということになります。
なお、「特定健康診査・特定保健指導の円滑な実施に向けた手引き」(厚生労働省)においては、保健指導の実施者は、常勤の医師・保健師・管理栄養士となっています。今のところ期限がありますが、一定の条件を満たせば看護師も特定保健指導を実施できることになっています。
保健師と看護師の業務の法的な違いがほとんどないことから、保健師や看護師と社会保険労務士のダブルライセンスに関して言えることは、両方の資格を活かす場面において、ほぼ違いはないということになります。
保健師助産師看護師法
第二条 この法律において「保健師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、保健師の名称を用いて、保健指導に従事することを業とする者をいう。
第四章 業務
第二十九条 保健師でない者は、保健師又はこれに類似する名称を用いて、第二条に規定する業をしてはならない。第四十二条の三 保健師でない者は、保健師又はこれに紛らわしい名称を使用してはならない。
2 助産師でない者は、助産師又はこれに紛らわしい名称を使用してはならない。
3 看護師でない者は、看護師又はこれに紛らわしい名称を使用してはならない。
4 准看護師でない者は、准看護師又はこれに紛らわしい名称を使用してはならない。
看護師、助産師及び准看護師の名称独占について (厚生労働省HP)
引用:https://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/04/s0428-7f.html
社会保険労務士と保健師・看護師とのダブルライセンスのメリット
社会保険労務士のダブルライセンスが役立つのは、産業分野で働く保健師・看護師です。産業分野以外では役に立つこともあるといったところでしょうか。病棟・外来で働く看護師・保健師にとっては副業をするのでなければメリットがないかと思います。
産業看護師・産業保健師という言葉が世の中では一般的です。
ただ、産業保健師・産業看護師を雇用する場合は大企業が多く、保険者(健康保険組合等)の依頼により高齢者医療確保法に基づく特定保健指導を行う場合もあり、その場合は保健師が希望されることがほとんどかと思います。
以下、社会保険労務士とのダブルライセンスのメリットを主観でお話します。
健康分野で活躍できる
労働安全衛生法における、安全衛生とは何でしょうか。
実は、労働安全衛生法1条に、安全は「安全」、衛生は「健康」となっています。
労働安全衛生法(目的)
第一条 この法律は、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)と相まつて、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする。
やはり、健康に関しては医療職が専門です。最近では、健康経営優良法人認定制度がありますが、この認定を受けるためには、社会保険労務士や看護師・保健師の活躍が重要です。また、医療職であるため、産業医や公認心理士との連携も容易です。
一つの難しい点は、労働安全衛生法において産業看護師や産業保健師に関する具体的な規定が存在しないことです。しかしながら、社会保険労務士が健康に直接関わることには大きなメリットがあります。以下に例を示します。
- 休職、復職の手続きについて、就業規則などを整備できる。
- 休職等の場合のお金(傷病手当金など)についてよく知っている。
- リハビリ出社等における時短勤務の場合の給与計算に詳しい。
- ハラスメントが絡んだメンタルヘルス不調の対応に強い
他にもたくさんメリットがあります。
治療と仕事の両立支援に関与しやすい
治療と仕事の両立支援には、就業規則の変更や社会保障制度の適用などが必要です。
両立支援コーディネーターとして活動すれば、様々な支援をワンストップで提供できます。
支援を要する従業員について、総合的な視点で考え、対応することが可能です。
両立支援においては、医療機関との連携が重要ですね。
以下の記事を参照していただくと、社会保険労務士と保健師・看護師のダブルライセンスが有用であることがわかると思います。
引用:厚生労働省HP
労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類の作成ができる
社会保険労務士法2条1項2号にて社会保険労務士の業務として、「労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類(その作成に代えて電磁的記録を作成する場合における当該電磁的記録を含み、申請書等を除く。)を作成すること。 」が定められており、これは社会保険労務士の独占業務(社労士法27条)になっております。
登録形態にもよりますが、社会保険労務士であれば、会社のために書類を作成することができます。
以下の記事を参照してください。
保健師・看護師として診療録(カルテ・記録)を見て、内容がわかる
産業医が診療録を作成する場合、看護師や保健師は診療録を読んで内容を理解することができますし、医療職である産業医からもチーム医療の観点から保健師が診療録を確認することに抵抗はまあ、ないでしょう。
しかし、もし社会保険労務士が関与する場合は、医療職にとっては抵抗感があるでしょう。
もちろん、看護師や保健師は守秘義務を負っているのも安心な点です。
保健師助産師看護師法
e-Gov 保健師助産師看護師法
第四十二条の二 保健師、看護師又は准看護師は、正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。保健師、看護師又は准看護師でなくなつた後においても、同様とする。
社会保障に強い看護師・保健師になれる
産業現場で、従業員が病気で休んで傷病手当金を申請したり、年金への切り替えを考慮する場面はよくあります。
このような場合に、人事労務担当者と協働して、相談できることはメリットです。
看護師・保健師が社会保険労務士のダブルライセンスとなるデメリット
医療職の社会保険労務士としての勤務体制・立ち位置
実は、社会保険労務士は、登録の形態でできることが違います。
これは士業独特で、医療職にはあまりなじみがないポイントだと思います。
以下に記事をまとめましたのでご参照ください。
開業社会保険労務士の場合の事務所の維持
開業社会保険労務士である保健師が、保健師業務のみで会社に雇用された場合、開業なのでどこかに事務所を構えることになります。
この場合、事務所の維持費用や、社会保険労務士会の会費(月5000円前後で地域によって違う)がかかります。
保健師は、労働衛生コンサルタントを受験できる
これは意外に知られていないのですが、保健師は要件を満たせば、労働衛生コンサルタントの受験資格を得ることができます。社労士は労働衛生コンサルタントの受験資格を得ることが難しいので、保健師は労働衛生コンサルタントと社労士のトリプルライセンスを得やすいと言えます。
受験資格
保健師助産師看護師法(昭和23年法律第203号)第2条の保健師として10年以上その業務に従事した者引用元:安全衛生技術試験協会HP
まとめ
看護師や保健師が社会保険労務士のダブルライセンスを取得し、活躍する場合のメリット・デメリットについて考えてみました。
健康分野で活躍できる、治療と仕事の両立支援に関与しやすい、労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類の作成ができる、保健師・看護師として診療録(カルテ・記録)を見て、内容がわかる、社会保障に強い看護師・保健師になれる等があります。
社会保険労務士の登録にはいくつかの選択肢が存在することは別記事でも紹介いたしましたが、社会保険労務士の登録方法は慎重に考慮しましょう。
私がお勧めするのは、開業社会保険労務士です。なぜなら、保健師として勤務しながら、他の依頼も受けることができるからです。実務経験を積むために、他の社会保険労務士からの業務委託も受けることがあります。
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