2023/04/09 2023/04/09
【安全衛生・産業医向け】健診の事後措置において、医師の意見を述べる際には労働条件について考慮しましょう
産業医の業務の柱として、「医師の意見」を述べることがあります。
現在の健康状態に基づいて、現職での業務適性を判断し、意見を述べます。例えば、健康診断より、現在の業務は難しいかもしれないが、他の業務であれば就業可能であるといった意見も述べることがあります。医師の中には、このような話は難しくないと思う方も多いかもしれませんが、労務管理を考慮した意見を述べる医師は少ないかもしれません。また、この医師の意見は、健康診断だけでなく、様々な場面で求められます。
今回は、産業医や医師が、労務管理を考慮した意見を述べることができるようになるとよいと考え、お話ししたいと思います。
健診の事後措置における医師の意見と労働条件について
医師の意見について
医師の意見の中で最も基本的なものは、健康診断の就業判定における医師の意見ではないでしょうか。
ここでは、主に健康診断の事後措置について詳しく説明しますが、長時間労働の面談やストレスチェック面談の事後措置も、基本的に同じ手順で行われます。
労働安全衛生法に基づいて健康診断を実施した後、事業主は医師の意見を求め、労働者の就業上の措置が必要であるという医師の意見が出る場合があります(労働安全衛生法66条の4、66条の5)。
以下に、健康診断に関する医師の意見についての条文を示します。
労働安全衛生法
(健康診断の結果についての医師等からの意見聴取)第六十六条の四 事業者は、第六十六条第一項から第四項まで若しくは第五項ただし書又は第六十六条の二の規定による健康診断の結果(当該健康診断の項目に異常の所見があると診断された労働者に係るものに限る。)に基づき、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について、厚生労働省令で定めるところにより、医師又は歯科医師の意見を聴かなければならない。
(健康診断実施後の措置)第六十六条の五 事業者は、前条の規定による医師又は歯科医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか、作業環境測定の実施、施設又は設備の設置又は整備、当該医師又は歯科医師の意見の衛生委員会若しくは安全衛生委員会又は労働時間等設定改善委員会(労働時間等の設定の改善に関する特別措置法(平成四年法律第九十号)第七条に規定する労働時間等設定改善委員会をいう。以下同じ。)への報告その他の適切な措置を講じなければならない。2 厚生労働大臣は、前項の規定により事業者が講ずべき措置の適切かつ有効な実施を図るため必要な指針を公表するものとする。3 厚生労働大臣は、前項の指針を公表した場合において必要があると認めるときは、事業者又はその団体に対し、当該指針に関し必要な指導等を行うことができる。
医師の意見については、以下の通達によりこのような区分で意見を述べることが一般的です。
引用:健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針
例えば産業医が、健康診断の事後措置として以下のような意見を述べる場合があります。
就業制限として「高度の高血圧なので深夜業禁止」
就業制限として「車の運転禁止」
医師や産業医は、このような意見を事業者に伝えることがありますが、労務上の問題を考慮する産業医は少ないかもしれません。今回は、産業医が意見を述べる際にチェックすべき労働条件について話しましょう。
就業上の措置、医師の意見を述べる際に注意すべき労働条件のチェック
ここで、労働条件はどのようなもので決まるでしょうか。はい、労働契約、就業規則、労働協約、法令がありますよね。社会保険労務士の先生方はよくご存じかと思います。
使用者は労働契約を結ぶ際に、労働者に一定の事項を記載した書面を渡さなければなりません(労働基準法15条)。これを労働条件通知書と言います。
労働条件通知書については、2024年からの改正もありますので注意しましょう。
労働基準法(労働条件の明示)
第十五条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
② 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
③ 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。労働基準法施行規則
第五条 使用者が法第十五条第一項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件は、次に掲げるものとする。ただし、第一号の二に掲げる事項については期間の定めのある労働契約であつて当該労働契約の期間の満了後に当該労働契約を更新する場合があるものの締結の場合に限り、第四号の二から第十一号までに掲げる事項については使用者がこれらに関する定めをしない場合においては、この限りでない。
一 労働契約の期間に関する事項
一の二 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項
一の三 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
二 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
三 賃金(退職手当及び第五号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
四 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
四の二 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
五 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及び第八条各号に掲げる賃金並びに最低賃金額に関する事項
六 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
七 安全及び衛生に関する事項
八 職業訓練に関する事項
九 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
十 表彰及び制裁に関する事項
十一 休職に関する事項
② 使用者は、法第十五条第一項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件を事実と異なるものとしてはならない。
③ 法第十五条第一項後段の厚生労働省令で定める事項は、第一項第一号から第四号までに掲げる事項(昇給に関する事項を除く。)とする。
④ 法第十五条第一項後段の厚生労働省令で定める方法は、労働者に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。ただし、当該労働者が同項に規定する事項が明らかとなる次のいずれかの方法によることを希望した場合には、当該方法とすることができる。
一 ファクシミリを利用してする送信の方法
二 電子メールその他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規定する電気通信をいう。以下この号において「電子メール等」という。)の送信の方法(当該労働者が当該電子メール等の記録を出力することにより書面を作成することができるものに限る。)
労働基準法施行規則5条には、労働条件通知書に明示すべき項目が列挙されています。原則書面での明示(労働基準法施行規則5条4項)ですが、現在は労働者が希望した場合には、FAX、電子メール、SNS等でも明示ができます。
実務では、労働契約書と、労働条件通知書を別々に渡す場合もあれば「労働契約書・労働条件通知書」として、一体化する場合もあります。
また、就業規則にも同じような項目を記載するように定められています。
労働基準法(作成及び届出の義務)第八十九条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。一 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項二 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項三 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)三の二 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項四 臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項五 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項六 安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項七 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項八 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項九 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
この就業規則の内容と、労働条件通知書の内容は似ていますよね。
ここで、よくみると以下の3点について明示の義務があるのは、労働条件通知書だけです。
・就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
・従事する業務に関すること
・所定労働時間を超える労働の有無
もうお分かりかと思いますが、「就業の場所」と、「従事する業務に関すること」と「所定労働時間を超える労働」(残業)については医師が意見を述べる際に大きく影響しますよね。
この点をチェックするためには労働条件通知書や、労働契約書のチェックは必要になります。
例えば、以下のような例で就業制限が問題となります。
- 従事する業務が「車の運転」のみの場合に、運転禁止薬を服用しており、「車の運転を禁止すべき」医師の意見が述べられた場合
車の運転を禁止すべきという医師の意見による就業制限により、実際には労務を全く提供できず、休業となる可能性があります。
もし、従事する業務が「車の運転、及び事務作業」であれば、医師の意見により車の運転が不可であっても、事務作業にて勤務することも可能かもしれません。 - 就業場所が「東京」のみとなっている場合に、医師の意見により東京で行っている業務につき、就業禁止の意見が述べられた、その結果、就業できる業務が「大阪」にしかないことが判明した場合
労働契約より、大阪で就業させることはできません。 - 労働契約上、就業時間が22:00-5:00までとなっている場合に、夜勤禁止の医師の意見が述べられた場合
事実上、就業禁止となります。
では、上記の場合、必ず休業になるかというとそうではなく、実務上は労働契約を合意で変更することができます。
①の事案であれば、合意により事務職に異動する。②の事案であれば、就業場所に大阪を追加するなどです。
労働契約法(労働契約の原則)
第三条 労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。
2 労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
3 労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
4 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
5 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。
現在の労働契約が分からなくて困る場合
ときに、就業制限が必要な方で、労働条件通知書の従事する業務の内容が「運転業務」のみであるのに、現在「事務作業」をしていて、いつからどのような経緯で業務を変更したのかわからないという場合があります。
きちんと、業務を変更する際に労働契約を更改し、契約書を作成しなければ後で、困ったことになる場合もあります。
まとめ
産業医・医師が「医師の意見」を述べる際に、これらの労働条件について配慮する法的な義務はありません。
しかし、実務上では、当該労働者と人事担当者との話し合いによる調整が必要ですので、これに関する知識は把握しておくべきだと考えています。産業医の多くは労働安全衛生法について詳しいですが、労働基準法については詳しくない方が多いため、この点でギャップが生じることがあります。今後、産業医には労働契約、就業規則、労働協約、法令に関する深い知識が求められることが予想されます。
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