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【健診機関・人事労務担当者向け】多数の健診機関の結果に同一の基準値を用いて判定する問題

最近、さまざまな医療機関の健康診断データがまとめられ、クラウドに保存するヘルスケアサービス会社が増えています。通常、クラウド上のデータを判定する際には同じ基準値を使用しますが、実際にはこの同じ基準値を利用することは問題がある場合があります。以下でその問題点について説明します。

【プロ向け・健診機関向け】多数の検査機関・健診機関に同一の基準値を適用する問題

基準値は検査機関・健診機関で違うのが原則

健康診断の基準値の決定につきお話をしてきました。

ここで、例えば、1万人の健康で病気のない人々がいたとしましょう。
この人たちの血液を採取し、同じ検体を検査機関Aと検査機関Bの2つの機関で、ある項目について分析しました。
つまり、同一の検体を別々の検査機関で分析したということです。

検査機関Aと検査機関Bは、それぞれ自分たちの健診結果に対して適切に精度管理を行っていました。
検査結果の範囲は、「平均値 ±2標準偏差」として設定されています。
つまり、検査機関Aも検査機関Bも、それぞれ自らの正確な基準値を計算しているのです。

したがって、検査を検査機関Aで行った場合はAの基準値を、
検査機関Bで行った場合はBの基準値を使用すれば問題ありません。

この2つの検査機関が同じ検体を分析したデータをもとに、ヒストグラムを作成し、同じ目盛りに重ねて表示してみました。
図にすると以下のようになります。


これは、同じ人の血液検体を分析した結果ですが、ヒストグラム上ではこのようにずれが生じています。
同一人物の、同じ検体を使用しているにもかかわらず、このような違いが見られるのです。
(実際は、ずれてもほんの少しですが、説明用にわかりやすく、大きくずれていることにしています。)

検査データは機械、試薬、校正によって、値が微妙に違うものです。

このように、検査データの基準値は、使用する検査機器、試薬、校正方法などによって、同じ検体であっても微妙に異なる値になることがあります。
例えば、身長や体重のような測定項目は比較的誤差が少ないものですが、それでも身長については測定者によって数ミリ程度の差が生じることがあります。

ただし、各検査機関が「平均値 ±2標準偏差(2SD)」の範囲で基準値を設定すれば、100人の健常者のうち約95人がその範囲に収まるとされています。
したがって、そのように設定された基準値を用いることで、検査結果の信頼性を保つことが可能です。

また、実際の運用では、特定の試薬を使用する機器について、その機器において当該試薬を用いた際の基準値が、試薬メーカーから提供されることもよくあります。

実際に起こる問題点について

さて、先ほどの図ですが、ここで、この検査の二つの健診機関の基準値の下限をC、Dまたはと設定したとします。

検査機関Aの基準値:170-230
検査機関Bの基準値:200-260
標準偏差は同じ値といたします。ヒストグラムを拡大します。

C:検査機関Aの下限値
D:検査機関Bの下限値

例えば、この健診機関Aと健診機関Bの健診データーをデーターベースにのせ
基準値内か基準値外かを、CかDで判定するとしましょう。

①Cを下限値として採用する場合
検査機関Aの人は正確に下限値が適用されますが、検査機関Bの人はほとんど異常者が出なくなります。
つまり、検査機関Bの方で偽陰性が多発します。

②Dを下限値として採用する場合
検査機関Bの人は正確に下限値が適用されますが
検査機関Aの人はほとんどの人が基準値外と判定されてしまいます。
つまり、検査機関Aで偽陽性が多発します。

このように、多数の検査機関の数値データーを同じ尺度で評価すると、その集団の分布によって偽陽性、偽陰性が発生してしまうのです。
よって、多数の医療機関のデーターを、クラウドに保存し、同じ基準値で評価すると、偽陽性、偽陰性が生じる可能性がありますよね。

ですので、私は、健康診断の結果は、1枚すべてを、別々に見るのが良いと考えているのです。
それぞれの健診機関の基準値が記載されているので参照してみれます。


日本臨床検査標準協議会(JCCLS)の共用基準値範囲

さて、こうした状況を踏まえると、同じ人から得た検体であれば、どの健診機関であっても検査結果が一致するように、精度管理を徹底し、共通の基準値を使用できるようになることが理想です。

そのために設けられているのが、「日本臨床検査標準協議会(JCCLS)」による共用基準値範囲です。
この共用基準値範囲は、日本医師会からも推奨されています。

日本における主要な臨床検査項目の共用基準範囲 ―解説と利用の手引き―
https://www.jccls.org/wp-content/uploads/2022/10/kijyunhani20221031.pdf

さて、皆さまの健診結果は、適切な基準に基づいて、正確に判定されているでしょうか?

実例を挙げます

ちなみに、実際に世の中のデータがどれくらいずれているかを見てみましょう。
いくつかの検査会社や診療所が公表している、男性のヘモグロビンの基準値を比較してみると、次のようになります。

【単位:g/dL】

  • 甲社:13.6~18.3

  • 乙社:13.5~17.6

  • 丙社:13.1~16.3

ご覧のとおり、少しずつではありますが、基準値に違いがありますよね。

  • 甲社で測定した男性ヘモグロビン13.5g/dlの方は、基準値内にもかかわらず、乙社、丙社では基準値内と判定されます。
  • 乙社で測定した男性ヘモグロビン13.5g/dlの方は、基準値内にもかかわらず、乙社では基準値外と判定されます。
  • 丙社で測定した男性ヘモグロビン13.1g/dlの方は、基準値内にもかかわらず、乙社と丙社では基準値外と判定されます。

このように、各検査機関で精度管理が適切に行われている基準値を使用すること自体には問題ありません。
しかし、他の検査機関が設定した基準値を、そのまま一律に適用することには注意が必要です。
検査機器や試薬、測定環境の違いにより、基準値にも差が生じるためです。

まとめ

健康診断などにおいて、多くのヘルスケアサービス会社では、さまざまな医療機関・検査機関のデータをまとめて、共通の基準値で判定を行っていることがあるようです。
しかし実は、基準値というものは、本来、検査機関ごとに多少ずれるのが当然なのです。

そのため、異なる医療機関や検査機関のデータをひとまとめにして、同じ基準値で判定すると、偽陽性や偽陰性といった誤った判定が生じる可能性があります。

こうした課題に対応するために、日本臨床検査標準協議会(JCCLS)は「共用基準値範囲」を定めており、この共用基準値は日本医師会からも推奨されています。

私自身は、健康診断の結果は1枚のシート全体を個別に確認することが大切だと考えています。
なぜなら、各健診機関の基準値は結果表に明記されており、それをもとに比較や判断をすることができるからです。

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この記事を書いた人

清水 宏泰

1975年生まれ。公衆衛生分野の専門家。現在はさまざまな組織の健康問題を予防するためにLAOにて行政書士・社労士・労働衛生コンサルタントとして活動しています。主に健康、心理系、産業保健の情報について発信していきます。

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