2023/06/18 2023/06/20
【安全衛生・人事労務担当者向け】がん等の遅発性疾病の把握強化はどうすればいいかを説明
事業者は、化学物質又は化学物質を含有する製剤を製造し、又は取り扱う業務を行う事業場において、一年以内に二人以上の労働者が同種のがんに罹患したことを把握したときは、当該罹患が業務に起因するかどうかについて、遅滞なく、医師の意見を聴かなければならない。
ということになりました。
今回はこちらのがん等の遅発性疾病の把握強化について解説をします。
※ 今回はできるだけマーカーの色と、解説の部分の色が同じになるように工夫しました。
がん等の遅発性疾病の把握強化はどうすればいいかを説明
法令上の解説
まず、法令から解説しましょう。労働安全衛生規則97条の2になります。
労働安全衛生規則(疾病の報告)第九十七条の二 事業者は、化学物質又は化学物質を含有する製剤を製造し、又は取り扱う業務を行う事業場において、一年以内に二人以上の労働者が同種のがんに罹患したことを把握したときは、当該罹患が業務に起因するかどうかについて、遅滞なく、医師の意見を聴かなければならない。2 事業者は、前項の医師が、同項の罹患が業務に起因するものと疑われると判断したときは、遅滞なく、次に掲げる事項について、所轄都道府県労働局長に報告しなければならない。一 がんに罹患した労働者が当該事業場で従事した業務において製造し、又は取り扱つた化学物質の名称(化学物質を含有する製剤にあつては、当該製剤が含有する化学物質の名称)二 がんに罹患した労働者が当該事業場において従事していた業務の内容及び当該業務に従事していた期間
このように、「一年以内に二人以上の労働者が同種のがんに罹患したことを把握したとき」と記載されています。
1年以内に二人以上、同種のがんにかかったら医師に意見を聴かないといけない
「化学物質又は化学物質を含有する製剤を製造し、又は取り扱う業務を行う事業場において」とありますが、「一年以内に同種のがんに二人以上の労働者が罹患した場合には」医師の意見を聴く必要があります。
この法令にはいくつかの難しい点が存在します。
このがんの罹患の把握をどうするかについて解説します。
事業者ががんの罹患を把握しなければならない
「事業者は、一年以内に同種のがんに二人以上の労働者が罹患したことを知った場合、医師の意見を聴かなければなりません」と規定されています。つまり、医師が把握するのではなく、事業者自身が情報を把握する必要があります。
なお、通達上は以下の記載があり、留意しておきましょう。「ウ」については、医師に聴かないとわからないかもしれません。
イ 本規定の「1年以内に2人以上の労働者」の労働者は、現に雇用する同一の事業場の労働者であること。
ウ 本規定の「同種のがん」については、発生部位等医学的に同じものと考えられるがんをいうこと。
事業者がどのようにがんの罹患を把握するか?
では、事業者がどのように把握すればよいのでしょうか。
同様のがんに罹患したことを把握するには、産業医や医師が一般健診の結果を確認するのが現実的だと考えていましたが、「本規定を根拠として、労働者本人の同意なく、本規定に関係する労働者の個人情報を収集することを求める趣旨ではない」とありますので、労働者本人の同意はあった方が良いですね。安全衛生委員会でこの把握の方法をあらかじめ定めておきましょう。また、できれば就業規則等で規定しておくのが良いでしょう。
本規定の「同種のがんに罹患したことを把握したとき」の「把握」とは、労働者の自発的な申告や休職手続等で職務上、事業者が知り得る場合に限るものであり、本規定を根拠として、労働者本人の同意なく、本規定に関係する労働者の個人情報を収集することを求める趣旨ではないこと。なお、アの趣旨から、広くがん罹患の情報について事業者が把握できることが望ましく、衛生委員会等においてこれらの把握の方法をあらかじめ定めておくことが望ましいこと。
そして、上記指針に「労働者の自発的な申告や休職手続等で職務上、事業者が知り得る場合に限る」とありますので、指針上は把握の手段は以下の2つに限るということですね。
(1)自発的な申告
(2)休職手続等で職務上事業者が把握した場合
また、労働者の現病歴・既往歴を確認する方法としては、一般健診の結果の記載を把握することも考えられます。
しかし、一般健診結果の内容を利用する場合にも事前に労使で協議を行った上で、情報の取り扱い方法や取り扱い範囲を決めて、産業医などと相談しながら、本人の同意のもとに情報を収集しなければなりません。しかし、健康診断については、労働者が一般健診の受診時にがんの既往を告げない可能性もあります。また、労働者が、がんに罹患したことを人に知られたくない、会社に知られたくないということもあり得るかもしれません。
労働者の自発的な申告や休職手続等で職務上、事業者が知り得る場合についても
(1)については、自分ががんに罹ったことを人に知られたくない、会社に知られたくないということもあり得るかもしれません。
(2)については、がんの検査や治療のために入院した時に、欠勤の報告や傷病手当金の申請によりはじめて病名が明らかになることもあるでしょう。
このがんの罹患の把握については、衛生委員会で審議した上、就業規則や内規などで決めておいた方がいいでしょう。
なお、「安全衛生に関する事項」は就業規則の相対的記載事項です。「相対的必要記載事項」とは、当該事業場で定めをする場合に、就業規則に記載しなければならない事項です。社会保険労務士への相談がおすすめです。
そして、がんへの罹患に関する情報は、健康情報に該当するため、要配慮個人情報となり、個人情報の取り扱いには注意が必要です。これらのがんの罹患についての事業者への報告については、衛生委員会で手続きを決めるか、できれば就業規則で定めておくべきでしょう。把握の具体的な方法の一つには、産業医等が設けた窓口への直接報告なども一つの方法と考えられます。
個人情報保護法 2条3項
この法律において「要配慮個人情報」とは、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報をいう。
1年以内に2人以上の労働者が同種のがんにかかったら医師はどうすべきか?
「罹患」について
「一年以内に二人以上の労働者が同種のがんに罹患したことを把握したとき」は医師の意見を聴かなければならないと労働安全衛生規則97条の2にあります。罹患は、がんに罹ったとわかった時点で1カウントになります。
罹患率と有病率という言葉があるのですが、罹患はかかった時点の点で、有病は現在病気である状態の線でのカウントになります。
厳密には、2022年1月1日に1名ががんに罹ったとわかった、2023年1月1日に1名ががんに罹ったとわかった場合には、1年以内に二人以上に該当しないことになります。
しかし、例外があります。以下の通達を参照してください。このような事案を把握するためには、10年間のがんに罹患した労働者の管理台帳のようなものが必要になりますね。しかも、要配慮個人情報ですので、管理は大変です。
オ アの趣旨を踏まえ、例えば、退職者も含め10年以内に複数の者が同種のがんに罹患したことを把握した場合等、本規定の要件に該当しない場合であっても、それが化学物質を取り扱う業務に起因することが疑われると医師から意見があった場合は、本規定に準じ、都道府県労働局に報告することが望ましいこと。
労働安全衛生規則等の一部を改正する省令等の施行について 基発0531第9号 令和4年5月31日
当該がんの罹患が業務に起因するかどうかについて
事業者に意見を聴かれた医師は、当該労働者のがん罹患が業務に起因するものと疑われるかを判断しなければなりません。しかし、化学物質によるがんの疑いを判断するには、非常に高度な専門知識が必要です。正直に言えば、化学物質に関する専門的な知識がない一般の医師や産業医が「罹患が業務に起因するものと疑われる」と判断することは難しいと思われます。
通達では、以下のように定められています。「化学物質に起因することが否定できないと判断」した場合でよいようです。
(2)安衛則第97条の2第2項関係 ア 本規定の「罹患が業務に起因するものと疑われると判断」については、(1)アの趣旨から、その時点では明確な因果関係が解明されていないため確実なエビデンスがなくとも、同種の作業を行っていた場合や、別の作業であっても同一の化学物質にばく露 した可能性がある場合等、化学物質に起因することが否定できないと判断されれば対象とすべきであること。
労働安全衛生規則等の一部を改正する省令等の施行について 基発0531第9号 令和4年5月31日
なお、通達には以下のようにも記載されています。
カ 本規定の「医師」には、産業医のみならず、定期健康診断を委託している機関に所属する医師や労働者の主治医等も含まれること。また、これらの適当な医師がいない場合は、各都道府県の産業保健総合支援センター等に相談することも考えられること。
労働局長への報告
医師が、がんの罹患が業務に起因する可能性があると判断した場合、事業主は迅速に、以下の事項について所轄都道府県労働局長に報告する必要があります。ただ、指定の様式はないようです。任意の書式を準備しましょう。
(化学物質を含有する製剤にあつては、当該製剤が含有する化学物質の名称)
「該労働者が当該事業場で在職中に潜在的なばく露があった可能性のある全ての化学物質、業務およびその期間が対象となります」ということですが、普段から化学物質の管理を適切に行っていない場合、非常に困難な状況になるでしょう。
イ 本項第1号の「がんに罹患した労働者が当該事業場で従事した業務において製造し、又は取り扱った化学物質の名称」及び本項第2号の「がんに罹患した労働者が当該事業場で従事していた業務の内容及び当該業務に従事していた期間」については、(1)アの趣旨から、その時点ではがんの発症に係る明確な因果関係が解明されていないため、当該労働者が当該事業場において在職中ばく露した可能性がある全ての化学物質、業務及びその期間が対象となること。また、記録等がなく、製剤中の化学物質の名称や作業歴が不明な場合であっても、その後の都道府県労働局等が行う調査に資するよう、製剤の製品名や関係者の記憶する関連情報をできる限り記載し、報告することが望ましいこと。
まとめ
事業者は、化学物質又は化学物質を含有する製剤を製造し、又は取り扱う業務を行う事業場において、一年以内に二人以上の労働者が同種のがんに罹患したことを把握したときは、当該罹患が業務に起因するかどうかについて、遅滞なく、医師の意見を聴かなければなりません。
あくまで、把握するのは事業者であり、医師ではありません。どのように把握するかについては、あらかじめ、安全衛生委員会や就業規則等で決めておきましょう。就業規則に関しては社会保険労務士がこの部分は得意かと思います。がんも絡みますので、産業医と社会保険労務士の連携が現実的かと思います。健診結果でがんの罹患がわかることもあるかもしれませんが、その場合も、あらかじめ安全衛生委員会でどう取り扱うか決めておきましょう。
がんの罹患が業務に起因するかどうかの判断については、高度な知識が必要とされますが、「化学物質に起因することが否定できないと判断」した状況で報告することになっていますので、報告のハードルは低いです。
しかし、労働局長への報告については、該労働者が当該事業場で在職中に潜在的なばく露があった可能性のある全ての化学物質、業務およびその期間が対象となるため、普段からの化学物質管理がきちんとしていないと非常に困難な状況になるかもしれません。
労働衛生コンサルタント事務所LAOは、化学物質の自律的管理について、コンサルティング業務を行っております。
産業医として化学物質の自律的管理に対応可能な医師はあまりいないと思われますが、継続的なフォローも必要なため、産業医又は顧問医としての契約として、お受けしております。
個人ばく露測定のご相談やリスクアセスメント対象物健康診断の実施についても対応可能です。
化学物質の個別的な規制についても得意としています。
Zoom等のオンラインツールを用いて日本全国対応させていただいております。
詳しいサービス内容は以下のページをご参照ください。