キャリアコンサルタント・心理学について|士業系産業医が語る産業保健
2023/12/20 2023/12/21
【産業医向け】産業医が知っておくべき面接技能、マイクロカウンセリング
産業医をしていると、カウンセリングをしてほしいという依頼はよくあります。産業医の方は、クライエント企業より、カウンセリングの依頼があるかもしれませんが、どのような「カウンセリング」を希望されているのかを明らかにしましょう。
この「カウンセリング」が、心理療法を指すのか、キャリアコンサルティングなのか、あるいは、いわゆる相談なのかという点で対応が変わってきますが、面接でのコミュニケーション技法が重要なのは変わりありません。
今回は、すべての産業医が知っておくべき、面接でのコミュニケーション技法、アイビイのマイクロカウンセリングを非常に簡単に解説します。
余りに簡単に解説しすぎましたので、心理職の方から怒られそうですが、カウンセリングに接したことがない産業医向けなのでご容赦ください。
アイビイのマイクロカウンセリング
マイクロカウンセリングとは
産業医の方々の中には、マイクロカウンセリングという言葉をご存知でない方もいらっしゃるかもしれません。マイクロカウンセリングは、アメリカのアイビイ(Ivey)によって開発されました。
マイクロカウンセリングは、直訳すると「小さいカウンセリング」となりますが、この「マイクロ」の意味は、コミュニケーションを細かく分解し、一つ一つを技法として分解・命名するという意味です。マイクロカウンセリングは、傾聴を土台としています。
そもそも、様々な文化や状況の要支援者に、同じスタイルのカウンセリングをおこなってよいかという問題がありますが、このマイクロカウンセリングは、さまざまな文化や状況の個人に対しても適用でき、効果的であるとされています。つまり、様々な文化の人に対して汎用的に適用できるということですね。
まずはマイクロカウンセリングの技法を本や論文を読んで学びましょう。そして、実際に技法を行っている方がどのように使っているのかを見て学び、さらにロールプレイなどで練習し、実践で活用します。これにより、日常でこれらのマイクロカウンセリングの技法が使えるようになれば、皆様のカウンセリングはもちろん、対人業務全般に良い影響が出るでしょう。
この過程で、逐語録の作成と分析、スーパービジョンを受けていくことがあります。
マイクロカウンセリングの階層票(Microskill Hierarchy)
では、このマイクロカウンセリングですが、有名な図があります。以下の図はすべてを記載していませんので注意してください。
これを、マイクロカウンセリングの階層表(Microskill Hierarchy)と呼びます。日本語で一般的になっている表記と英語表記で少し意味が違ってくる部分がありますので、あえて、英語表記も示しています。
非常に簡単に言いますと、下層ほど基本的なスキルであり、上層ほど、高度なスキルになります。
下層の細かい(マイクロ)なスキルを練習して、積み重ねることで、これらのバラバラなスキルは、最終的にもっとも上位の「個人のスタイル」に統合されます。産業医としては、「かかわり技法」や「基本的傾聴の連鎖」については必須であり、できれば積極技法がある程度できるようになれば良いかと思います。
私の個人的な意見ですが、このようにスキルを個別化して、必要な時にそのスキルを使おうと考えると論理的で良いですね。
では、ここで示した、それぞれの階層を解説していきます。
注意!!
このブログでは主なものしか取り上げませんが、階層表はもっと細かく分類されています。
「Ethics and Multicultural Competence」と「かかわり行動」について
あまり日本で紹介されない「Ethics and Multicultural Competence」について
実は、日本で上記のマイクロカウンセリングの階層表が提示されるときには、なぜか「Ethics and Multicultural Competence」についてはスルーされることが多いです。まとめて訳すと、「倫理と多文化的な適応力」という感じでしょうか。「Ethics」は倫理なので、土台になるのはわかりますし重要ですよね。「Multicultural Competence」は訳すと、「多文化的な適応力」ということになります。マイクロカウンセリングの発症はアメリカですし、アメリカは文化の多様性が大きいですよね。日本ではスルーされがちですが、オンラインカウンセリングの普及により、全国の様々な方にカウンセリングをおこなう機会も増えましたし、クライエントの文化の違いは重要なポイントかもしれません。
「かかわり行動」(Attending Behavior)は下層にありますが、絶対に軽視してはなりません
さて、「かかわり行動」には以下のような技法があります。下層と言っても、下層が程度が低いという意味ではなく、上層は下層の上に成り立ち、下層がしっかりできていないと上層が成り立たないと考えてください。「かかわり行動」は、産業医が面談を行う際には必ず知っておくべきです。以下に挙げるような技法があります。これらの技法は実際にはかなり難しいです。
- 視線
視線の合わせ方は傾聴に大きな影響を及ぼします。凝視してしまうのもまずいですが、ずっと記録を作成するためにPCを見て打ち込んでいるのも問題です。身体的言語も重要です。身体的に相手に聴いているということが、伝わるようにしましょう。医師は、パターナリスティックで権威的になりがちなのですが、穏やかな雰囲気でクライエントの話をしっかり聞きましょう。 - 言語追(げんごつい)
相手の話していることをしっかり追いかけていくことになります。クライエントの話についていきましょう。カウンセラーの方から話を進めないようにしましょう。 - 身体言語
表情等です。腕を組んだりすると高圧的に感じられますよね。 - 声の調子:話のスピードや声のトーンは面談に大きな影響を及ぼします。自分では、気付かないことも多いので、自分の面談を録音して聴き直す等が有効です。
このように「かかわり行動」は傾聴を行う上で、基本的な技法なのですが。習得には練習が必要です。「かかわり行動」は、視覚的、音声的、言語的、非言語を利用して、カウンセラーがクライエントに興味を持っていること示します。
クライアント中心療法の基本原則として、無条件の肯定的関心は、カウンセラーがクライアントに対して積極的で、非批判的で、肯定的な関心を持って聴くことが重要でしたが、この「かかわり行動」は無条件の肯定的関心のためにも重要な技法です。
基本的傾聴の連鎖(Basic Listening Sequence)
基本的傾聴の連鎖ですが、いくつかの重要な技法から成り立ちます。この基本的傾聴の連鎖についても、階層が存在しており、4が最も上層で、1が下層になります。階層表では、下から上に並べている感じになります。
- 開かれた質問、閉ざされた質問
- クライエント観察技法
- はげまし、いいかえ、要約
- 感情の反映
まずは、下層から、つまり①の開かれた質問閉ざされた質問を解説します。
開かれた質問と閉ざされた質問
こちらは有名ですよね。できるだけ閉ざされた質問を使用するのではなく、開かれた質問を用いましょう。開かれた質問については、クライエントの気付きにつながることも多いでしょう。
開かれた質問、つまりYesかNoで答えないといけない質問ではなく、クライエントが自由に表現することができる5W1Hの質問を行っていくことが必要です。ただ、Why(なぜ)の質問は、クライエントに詰め寄る印象があるため、避けたほうがよいでしょう。
閉ざされた質問は、クライエントに自由にお話していただく機会を奪う場合があります。しかし、閉ざされた質問を用いるのがダメだというわけではなく、閉ざされた質問は使いどころにより、効果的にクライエントの気付きを促すかもしれません。
クライエントが話しやすい、答えやすい状況を作り出すことは重要です。
クライエント観察技法
こちらは産業医の方は聞きなれないでしょうが、クライエントを観察する技法です。例えば、目標の合意において、「はい、わかりました」と言っても本当に自己一致して「はい」と言っていないのかもしれません。クライエント観察技法により、クライエントが「はい」と言っても、非言語の部分で自己一致していないことがわかるかもしれません。
はげまし、いいかえ
「はげまし」ですが、頑張ってくださいという励ましではありません。クライエントの話を促すという意味での「はげまし」になります。
例えば、「それで?」、「それから?」、「そこのことを詳しく」、状況に応じた「うんうん」などといった対応が「はげまし」になります。
うなずきや、あいずち等の非言語によるはげましもあります。
いいかえはクライエントの話したことや理解したことを、聴き手の言葉で返す方法です。そのままの言葉で返す「繰り返し」という技もあるのですが、「いいかえ」の方が、聴き手、つまりカウンセラーの言葉で返すのですこし高度な技になります。カウンセラーが聴いたことをうまくいいかえることは難易度が高いです。クライエントは、「いいかえ」によって、聴き手の受け取りを確認することがで来ます。もし、カウンセラーのいいかえが違っていた場合には、クライエントは違うと言ってくれるかもしれません。違う場合には、修正を行いましょう。
要約
要約は、そこまでの面談の内容を整理して、クライエントに返す技法です。要約を行うことにより、クライエントは、自分の話がきちんと伝わったことを確認できます。
クライエントは、要約により、自分の考えが整理でき、その後の面談の進行に影響を与えます。
また、産業医としても、面談で聞いた内容を確認できます。ちょっとした思い込みや誤解で、認識が違っていたということはよくあります。もし、違うのであれば、この要約の部分で確認し、修正します。
来談者中心アプローチにおいては、受容、共感、自己一致が重要ですが、産業医がクライエントと同じものを見えていることが必要です。なお、あまり長い要約はよくありません。
感情の反映
こちらは難しい手法です。クライエント自身が気づいていない感情に気づいて向き合ってもらう方法です。例を挙げてみましょう。以下は一例なので、この前後の非言語を含めたやり取りで、どのように反映させるかは変わってきますので注意してください。
- クライエント「業務が多く、長時間労働多いため、お仕事がうまく回らないのです!!」
産業医「業務が多いことに、腹立たしく思われているのですね。」 - クライエント「時間外労働が多く、家に帰れないので、妻が不機嫌になって怒っているのです。」
産業医「頑張っていることを理解されず、不機嫌になっている奥様に困惑されているのですね」 - クライエント「夜眠れないと、朝に変な時間に目が覚めて、お仕事に支障が出ます。」
産業医「不眠からお仕事ができなくなることを不安に感じておられるのですね」
感情の反映はかなり高度な技になってきましたね。
5段階の面接構造 (The five-Stage Interview Structure)
ここまでの階層の技法、「Ethics and Multicultural Competence」、「かかわり行動」、「基本的傾聴の連鎖(Basic Listening Sequence)」を習得して、技法を統合して面接を行うことができるようになります。
その上で、この5段階の面接構造を構成できるようになります。日本では、この5段階の面接構造は、以下の5つの言葉で表現されることが多いでしょう。
しかし、英語の文献を見るに、英語の意味と若干ニュアンスが違うように思うのですよね。英語では、この5段階の面接構造(The five-Stage Interview Structure)の内容は①Empathic relationship、②Story and strengths、③Goals、④Restory、⑤Actionの5つになります。日本で一般的な5段階の面接構造と対比させてみましょう。
なんとなく、意味が分かるような、違うような、同じなような・・・・
- ラポール (Empathic relationship)
- 問題の定義化(Story and strengths)
- 目標の設定(Goals)
- 選択肢を探求し不一致と対決(Restory)
- 日常生活への汎化(Action)
ここでは、私が英語の文献を読んで、独自に、非常に簡単にまとめますね。
1.Empathic Relationship(共感的な関係)(日本で一般的には、「ラポール」とよばれます。)
面接の最初の段階では、カウンセラーはクライアントとの関係構築に取り組みます。この段階でカウンセラーはクライアントとの信頼関係を築きますが、さらに後の段階でもその信頼関係を維持しなければなりません。これがいわゆる「ラポールの形成」ですね。ラポールを築くことで、クライアントは自己開示を行い、安全な環境で感情や経験を共有できるようになります。この共感的な関係が得られるかどうかは、次の段階に大きな影響を与えます。
2.Story and Strengths(ストーリーと強み)(日本で一般的には、「問題の定義化」とよばれます。)
この過程で、クライアントはカウンセラーと過去の経験を共有し、自身の強みに焦点を当てていきます。ここで重要なのは情報収集であり、「基本的傾聴の連鎖」によってストーリーの詳細を明確にしていきます。
同時に、クライエントの強みに焦点を当て、クライアントが持つポジティブな要素を強化します。例えば、過去に成功した経験について質問することで、成功体験を引き出し、強みに焦点を当て、自己効力感を高めながらデータを収集することができます。
3.Goals(目標)(日本で一般的には、「目標の設定」とよばれます。)
クライアントとカウンセラーは、共同で達成したい目標や課題に焦点を当てます。そして、クライエントが望む未来の方向性を語ってもらうことにより明確にし、具体的な目標を設定して共有します。
4.Restory(再構築)(日本で一般的には、「選択肢を探求し不一致と対決」とよばれます。)
クライアントは自分の過去を評価し直し、新しい視点や意味を見つけ、成長や変化を促進するために新しいストーリーを模索します。ここで、目標達成のために具体的にどのような方法を選択するのかを考えていきます。
5.Action(行動)(日本で一般的には、「日常生活への汎化」とよばれます。)
概要: クライアントとカウンセラーは具体的な行動計画を策定し、目標に向かって前進します。
最終的には、カウンセリングの終了へ向かいます。
積極技法(Influencing Skills and Strategies)
積極技法は、「積極的技法」とも呼ばれ、かなり上層(上級)のスキルになります。
日本語で「積極」と訳されているのですが、英語を見ていただきますと、「積極」ではないのですよね。「Influencing」つまり、影響を与える、影響を持つといった意味を持ちます。具体的には、他者の考えや行動に影響を与えることを「積極」と表記しているのです。
積極技法は、習得も難しく、なかなか産業医が独学で実践していくのは困難でしょう。この方法は、クライエントに強い影響を及ぼすかもしれないので、使用する場合には注意が必要です。通常の産業医業務としてははここまで必要ないかと思います。以下が、積極的かかわり技法の内容の例になります。
対決、焦点のあて方、意味の反映、指示、論理的帰結、解釈、自己開示、助言、情報提供、説明、教示、フィードバック、カウンセラー発言の要約
どっぷりカウンセリングの世界につかってゆく方は必須となります。
技法の統合(Skill Integration)
基本的かかわり技法と積極的かかわり技法を習得したのち、これらを扱いこなして面談を行います。
これが技法の統合ですが、ここまで到達するのは、なかなか難しいでしょう。
Determining personal Style and Theory(個人のスタイルと理論の特定)
英語表記のままの直訳になりますが、個人の支援スタイルと理論を特定していきます。カウンセリングは日々、研鑽を積まねばなりません。日本公認心理師協会やキャリアコンサルティング協議会の倫理綱領にも、自己研鑽について記載がありますね。
キャリアコンサルタント 倫理綱領
(自己研鑚) 第4条 キャリアコンサルタントは、キャリアコンサルティングに関する知識・技能を深める、上 位者からの指導を受けるなど、常に資質向上に向けて絶えざる自己研鑚に努めなければ ならない。 2 キャリアコンサルタントは、組織を取り巻く社会、経済、環境の動向や、教育、生活の場にも 常に関心をはらい、専門家としての専門性の維持向上に努めなければならない。 3 キャリアコンサルタントは、より質の高いキャリアコンサルティングの実現に向け、他の専門 家とのネットワークの構築に努めなければならない。平成28年4月1日 特定非営利活動法人キャリアコンサルティング協議会
日本公認心理師協会倫理綱領 (2020.9.18)
4 会員は、専門的資質の向上に努め、知識と技術に関して、つねに最良の水準を保持するよう研鑽に努める。同時に、自らの専門家としての知識・技術の限界を十分に自覚し、その範囲内において支援活動をする。
常に研鑽を積まねばなりません。
また、時折、メンタルヘルスや1on1に関連して、産業医やセミナーの講師が傾聴は難しくないとか、傾聴は簡単ですと言うことがありますが、これは全くの嘘です。
まとめ
「アイビイのマイクロカウンセリング」について説明しました。マイクロカウンセリングは、直訳すると「小さいカウンセリング」となりますが、この「マイクロ」の意味は、コミュニケーションを細かく分解し、一つ一つを技法として分解・命名するという意味です。マイクロカウンセリングは、傾聴を土台としています。
マイクロカウンセリングの手技等は、階層表として示されており、これを「マイクロカウンセリングの階層構造」と呼びます。「マイクロカウンセリングの階層構造」を簡単に解説すると、下層ほど基本的なスキルであり、上層ほど高度なスキルになります。産業医は、最低限「かかわり技法」についてできるようになっておくべきでしょう。
このような細分化された面接技法については、体系的に理解しやすく、理系出身の医師には相性が良いような気がします。産業医でカウンセリングを行いたいという方は、ぜひ、マイクロカウンセリングについて知っておきましょう。
労働衛生コンサルタント事務所LAOでは、産業医・顧問医の受託をお受けしております。労務管理と一体になった産業保健業務を多職種連携で行います。