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【人事労務担当者・産業医】精神障害(メンタル疾患)の労災申請について知っておくべき基本を説明

ある日、うつ病で休職中の従業員から、うつ病の発症が労災であるとして労災の申請書類が会社へ提出され、事業主の証明が求められました。このようなケースは、ぼちぼちあります。
今回は、精神障害に関する労災認定の認定基準について解説したいと思います。

精神障害の労災認定基準

一般的な労災認定のルール 「業務起因性」と「業務遂行性」

まず、労災申請は、労災保険給付関係が所轄の労働基準監督署に提出されてから始まります。精神障害(メンタルヘルス)に限らず、労災認定の原則ですが、「業務起因性」と「業務遂行性」が必要です。

この「業務起因性」を判断する前段階として「業務遂行性」を判断します。「業務遂行性」とは、事故が事業主の支配ないし管理下にあるときに発生したかということです。そして、業務起因性とは、負傷、疾病、障害又は死亡が業務が原因となったということであり、業務と傷病等の間に一定の因果関係があることをいいます。

「業務起因性」を判断する前段階として「業務遂行性」を判断します。つまり、業務遂行性がなければ、業務起因性は問題になりません。
図で言えば、①→②の順で判断していきます。




しかし、精神障害においては、病気はあるものの、業務により発症したのか、業務外で発症したのかが明らかでない場合があります。このような場合でも、労災認定を行えるように労災認定基準が定められています。

「心理的負荷による精神障害の認定基準」について

この労災認定基準を解説する前に、労災補償の対象疾病の範囲を定めている、労働基準法施行規則 別表1の2を確認しましょう。その別表1の2の9号に以下のように書かれています。

別表第一の二(第三十五条関係)
(抜粋)
九 人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病
e-Gov 労働基準法施行規則

このように、労働基準法施行規則 別表1の2第9号では、メンタルヘルス関連の業務上の災害が規定されています。一般的に、この種の労災認定を「9号認定」と呼び、その基準を「9号認定基準」と称します。

これらの労災認定の基準を正確に理解しておくことで、精神疾患に罹患した従業員、その周囲の従業員、そして会社が収集した情報を基に、労災認定の可能性を大まかに推測することができます。ただし、最終的な労災認定は労働基準監督署によって行われるため、これはあくまでも推測にすぎません。

以下の「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」は非常に重要です。特に人事労務に携わる担当者は、これをしっかり読み、理解しておくべきです。

心理的負荷による精神障害の認定基準について 基発0901第2号 令和5年9月1日 

 精神障害の労災認定基準の解説

まず、精神科から診断書が提出され、診断名が確定します。しかし、この診断が9号認定の対象となるか、つまり「精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病」として認定されるかどうかが問題となります。検討は必要ですが、精神科から診断書が出ている多くの場合は該当するのではないかと思います。

業務による心理的負荷の強度は、「強」、「中」、「弱」の三段階に区分されます

精神障害の労災認定で重要な認定基準として、精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められることがあります。この要件は、精神障害の発病前おおむね6か月の間に業務による出来事があり、当該出来事及びその後の状況による心理的負荷が、客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であると認められることをいう。

業務による心理的負荷の強度の判断に当たっては、別表1「業務による心理的負荷評価表」(以下「別表1」という。)を指標として、前記(1)により把握した出来事による心理的負荷の強度を、次のとおり「強」、「中」、「弱」の三段階に区分する。

「強」:業務による強い心理的負荷が認められるもの。業務による強い心理的負荷が認められないものを「中」又は「弱」と表記する。

「中」は経験の頻度は様々であって「弱」よりは心理的負荷があるものの強い心理的負荷とは認められないもの

「弱」は日常的に経験するものや一般に想定されるもの等であって通常弱い心理的負荷しか認められないもの

労災の認定要件として、心理的負荷の全体を総合的に評価して「強」と判断される場合には、このを満たすものとされています。

心理的負荷の強度が「強」となる場合

心理的負荷が「強」となる場合ですが、二つあります。「特別な出来事」がある場合と、「特別な出来事以外」になります。

「特別な出来事」がある場合には、「強」となります。

「特別な出来事」とは、心理的負荷が極度なものになります。

引用:心理的負荷による精神障害の認定基準について 基発0901第2号 令和5年9月1日 

かなりひどい心理的負荷(ストレッサー)ですよね。
しかし、日常で問題になるのは、「特別な出来事」までいかないような心理的負荷での業務起因性が問題となるケースです。

「特別な出来事以外」の場合に、「強」、「中」、「弱」の三段階の区分が問題となります

特別な出来事以外は、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発0901第2号 令和5年9月1日 )の「業務による心理的負荷評価表」に記載があります。


このように、「強」、「中」、「弱」の三段階の例につき具体的に示されています。

実際の労災認定については、具体的な事案につき、この表に当てはめ、「強」があるかがポイントになります。しかし、「中」が続いても、認められる場合もあるようです(指針参照)。
また、業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないことについても検討されます。

最終的に事案を評価するのは労働基準監督署であり、会社や産業医がどのように考えてたとしても最終的な認定がどうなるのかはわかりません。

 2023年9月改正の心理的負荷の評価について解説

2023年9月に、心理的負荷の評価について改正がありました。

 パワーハラスメントについて

まず、パワーハラスメントの心理的負荷の例が具体的になりました。以前からあったのですが、パワーハラスメントを受けている場合であって、会社に相談しても、又は会社がパワーハラスメントがあると把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった場合には、「中」の攻撃であっても、「強」と判断されます。


パワハラの相談窓口との関わりが問題となります。以下の記事を参照してください。

さらに、「※ 性的指向・性自認に関する精神的攻撃等を含む」という部分が追加されました。

カスタマーハラスメントが追加されました

また、カスタマーハラスメント(カスハラ)が具体例に追加されました。

こちらも、会社に相談しても対応がない場合には、「中」であっても「強」となることが記載されています。カスハラについては法令で相談窓口設置義務がないことに注意が必要です。

労災申請がなされたら

実際に労災申請が行われた場合、労働基準監督署は通常、会社の関係者に対して聞き取りを行います。労働時間が原因と考えられる場合、賃金台帳の提出を求められるでしょう。関係者は労働基準監督署へ行かねばならないかもしれません。ハラスメントが原因の場合、周囲の労働者への聞き取りも行われるでしょう。しかも、この過程はかなりの時間がかかります。

正直なところ、精神疾患の労災申請は申請されたこと自体で会社はかなり大変です。

また、労災申請は、「周囲から見て明らかに業務と関係のないものである」と思われる場合でも行うことができます。そのような場合でも、労働基準監督署は労災申請が行われた場合、法律に基づいて手続きを進めます。

ちなみに、労災が認められたかどうか、会社へ最終的なお知らせは来ません。

さて、以下は、いくつかの特殊事例です。

精神障害の労災申請の特殊事案

①ハラスメントを受けて、何年もたった後に労災申請をする場合

ハラスメントによる精神疾患の発症から何年も経過したのちに、労災申請が行われることがあります。このような労災申請がハラスメントから何年も経過したケースについて、労災申請ができるのか?と疑問を抱く方もいらっしゃるかもしれません。社会保険労務士の先生は、労災保険給付の時効は、短期給付は2年、長期給付は5年ではないかと考えるでしょう。

しかし、例外的なケースもあります。例えば、以下の例はいかがでしょうか。

事例1:会社に長く在籍している社員がおり、うつ病の診断を受けてから何年も外来通院を続けていました。休職はしていませんでした。しかし、通院から約5年が経った時点で、自身が5年前に受けたハラスメントが原因でうつ病になったと考え、労災申請を行うことを考えました。

外来治療の場合、治療費である療養補償給付(治療費)の消滅時効は、療養費用を支払った日の翌日から2年です。ハラスメントを受けたのは5年前ですが、過去2年分の療養補償給付(治療費)の消滅時効はまだ経過していません。
労働基準監督署は、発症当時の状況、つまり5年前のハラスメントに関する労災認定基準に合致するか調査し始めます。

もちろん、認定に係る調査は困難かと思われ、認定のハードルは高いかと思われます。
しかし、このような場合でも、労働基準監督署は労災申請を手続きにを進めてゆきます。
ちなみに、労災申請を行った本人は、労災が認められなくても、今まで通り健康保険が適用されるだけですのでそれほど困らなかったりします。

事例2:在職中にうつ病と診断された労働者が退職後、自宅療養を行い、治療を受けながら、約3年間にわたり外来通院を継続していました。
しかし、3年たった時点で、自分は退職前の1年間の在職中に受けたハラスメントが原因でうつ病になったと考え、労災申請を行いました。


前述のように、外来治療の場合、治療費である療養補償給付(治療費)の消滅時効は、療養費用を支出した日の翌日から2年間です。
ハラスメントを受けたのは3-4年前ですが、同じ傷病で継続的に治療を受けている場合、過去2年間の療養補償給付(治療費)の消滅時効はまだ完了していないと考えられます。
労働基準監督署は、申請があった場合、5年前のハラスメントに関して退職した会社に対して労災認定基準に合致するか調査を開始します。このような場合、かなり過去の事案にさかのぼることもあります。

労災認定される可能性は低いかもしれませんが、前のハラスメントを受けた職場へ労働基準監督署からお知らせが行きます。さらに最終的に労災と認定されない場合でも、会社へはお知らせはきません。そして、本人が退職してれば、労災認定されたかどうかもわかりません。

この状況は会社にとって非常に厳しいものです。もし、これまでの休職が私傷病ではなく労災だった場合、退職が遡及的に無効になる可能性があります。この件については、詳細は別の記事で改めて解説いたします。

 まとめ

精神疾患の労災認定が行われると、会社はかなり大変です。かなり過去のハラスメント事案について労働基準監督署の調査が行われることもあります。退職者の労災申請により労働基準監督署の調査が入ることもあります。

人事労務担当者は、精神障害の労災認定基準(9号認定基準)を十分に理解しておくことが重要です。職場で精神疾患の発症を防ぐためには、適切な職場環境の整備が重要です。

また、ハラスメント相談窓口との連携も重要です。

労働衛生コンサルタント事務所LAOでは、産業医・顧問医の受託をお受けしております。労務管理と一体になった産業保健業務を多職種連携で行います。

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この記事を書いた人

清水 宏泰

1975年生まれ。公衆衛生分野の専門家。現在はさまざまな組織の健康問題を予防するためにLAOにて行政書士・社労士・労働衛生コンサルタントとして活動しています。主に健康、心理系、産業保健の情報について発信していきます。

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