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【人事労務・産業医向け】ハラスメント相談窓口の対応は精神障害の労災認定にかかわります

2023年9月1日にカスタマーハラスメントが労災認定基準に追加されたため、記事を改定しております。

以前の記事で、パワハラ・セクハラの相談窓口を設置する必要性について触れましたが、なぜそのような窓口を設ける必要があるのでしょうか。


従業員をハラスメント被害から保護するためが主な理由だと思われますが、会社がハラスメントが生じたと疑われる案件を放置することによる具体的なリスクは何が考えられるでしょうか?

訴訟になる可能性も一つのリスクですが、もっと身近な問題も存在します。それが、精神障害の労災認定です。
今回はその点について話しましょう。

ハラスメント相談窓口の対応は精神障害の労災認定にかかわります

精神障害の労災認定基準の改定

以下の記事で、さまざまなハラスメント窓口の外部委託機関について解説しています。

そして、Web上では、様々なハラスメント外部相談窓口を受託する機関の広告があふれています。
しかし、多くのハラスメント窓口の外部委託機関は、精神障害の労災認定と、ハラスメント相談窓口の接点に触れていないようです。おそらく、気づいていないのでしょう。

実は、労働施策総合支援法の施行に伴い、精神障害の労災認定基準も改定されており、ハラスメント相談窓口と精神障害の労災認定は密接な関わりを有することとなったのです。
この改定は、パワーハラスメントにつき令和2年5月、カスタマーハラスメントにつき令和5年9月になされました。

 精神障害の労災認定要件について

まず、精神障害の労災認定要件について解説します。下記②にあるように、「業務による強い心理的負荷」が必要となります。
「強い」というのがキーワードです。

引用)精神障害の労災認定(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/120427.html

 

精神障害については、まず、特別な出来事があるかどうかを判定します。
引用:心理的負荷による精神障害の認定基準について (2023年9月1日改訂版)

これらを満たせば、「特別な出来事」があったとして心理的負荷の総合評価は「強」となります。ただ、かなり悪い状況であり、この条件にばっちり合致する方はそれほど多くないかと思います。
では、この「特別な出来事」に合致しない場合ですが、その場合、「特別な出来事以外」として、具体的事案を「弱」「中」「強」と分類します。
以下、説明をいたします。

 「特別な出来事以外」で心理的負荷の強度の「弱」「中」「強」と判断する具体例について

精神障害の労災認定基準では、心理的負荷の強度を「弱」、「中」、「強」に分類します。
人事労務担当者の方はこちらの内容をしっかり勉強しておきましょう。
これらの指針では、「弱」、「中」、「強」の具体例を記載しています。

そして、改正により、心理的負荷としては今まで「中」の程度の精神的攻撃などを受けた場合「中」のままでしたが

心理的負荷としては「中」程度の精神的攻撃等を受け、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合

には、強いストレス、つまり「強」と評価されることとなりました。
(資料に赤線を引いておきました)

引用)資料1 認定基準改正の概要 (厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/000634904.pdf


以下は、2023年9月1日に改正された資料、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発0901第2号 令和5年9月1日)の引用です。
このように、業務上起きた事実を心理的負荷の強度として「弱」、「中」、「強」に分類します。
以下の資料には具体例が挙げられていますが、2023年9月1日の改正で、さらに詳細になりました。

以下の例では「パワーハラスメント」の具体的事実について、「心理的負荷としては、「中」程度の身体的攻撃、精神的攻撃を受けた場合であって、会社に相談しても又は会社がパワーハラスメントがあると把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった」と記載されています。
(赤の□で囲っておきます。)

つまり、「中」であって通常は労災認定とならない場合であったとしても、会社に相談して適切な対応がなく、改善がなされなかった場合には、「強」となり、労災認定のハードルが下がるということになります。

引用:心理的負荷による精神障害の認定基準について (2023年9月1日改訂版)


 会社に相談するとして、どこに相談すればいいのか

ハラスメントの相談窓口については設置義務があります。

このようなハラスメントの労災認定について、「会社に相談しても」という部分が重要になることがわかりましたが、この相談はどちらにすればいいでしょうか。実は、法令により、セクシュアルハラスメント(セクハラ)、育児を含むマタニティハラスメント(マタハラ)、パワーハラスメント(パワハラ)については、法令により相談窓口の設置義務があります。
以下の記事に詳細を記載しています。

もうお分かりかと思いますが、「会社に相談しても」という場面では、ハラスメント相談窓口への相談が当然に含まれます。ハラスメント相談窓口は法律で義務付けられているため、上記、3つのハラスメントの相談窓口が存在しないということは論理的にはあり得ません。
ハラスメントが発生した場合、相談をしても、「適切な対応がなされず改善されなかった場合」には、労災として認定される可能性が高まるのです。

なお、注意が必要なのですが、ハラスメントの相談があった時点では、まだハラスメントが起きているとは確定されていないません。ハラスメントの認定については、加害者と疑われる者の聞き取り等を含めて、事実があったのか、その事実がハラスメントに該当するかを慎重に検討する必要があります。

つまり、まとめると、上記のハラスメントに対し、会社は適切なハラスメント相談窓口を設置し、ハラスメントの相談があった場合には会社は適切な対応を行う必要があり、ハラスメントが確認された場合には改善しなければなりません。

なお、労災認定基準には「パワーハラスメント」と「セクシャルハラスメント」という文言はありますが、「マタニティハラスメント」については記載がありません。
しかし、「マタニティハラスメント」に付随して、表16の「退職を強要された」、又は17の「配置転換があった」などに当てはまってゆく可能性があります。

カスタマーハラスメントについては窓口の設置義務がありませんが、事実上設置が必要です

また、2023年9月1日の改正により、カスタマーハラスメントにつき記載が増えました。
以下が、カスタマーハラスメントの心理的負荷の具体的例になります。

このカスタマーハラスメントについても「会社に相談しても又は会社が迷惑行為を把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった」との記載があり、やはり事業所は、相談を受けた場合には、適切な対応を行わなければ、労災の認定可能性が上昇します。

しかし、実は、このカスタマーハラスメント(カスハラ)に関しては、パワーハラスメントのような相談窓口設置義務はありません。設置の根拠となる法令がないのです。
根拠となる法令がないので相談窓口を設置しなければいいと考えられるかもしれませんが、相談窓口がなければ、ひどいカスハラを受け、反復・継続する可能性もありますし、このように労災認定にかかわることを知らない上司等が対応し、適切な対応ができず、改善できない事態が生じる可能性もあるので注意しましょう。

カスタマーハラスメントについては、例えば、従来のパワハラの相談窓口でカスハラの相談も承れるようにすればよいでしょう。もし、事業所にパワハラ規程がある場合には、改正も必要です。

さらに、ハラスメントとメンタルヘルス不調については、親和性が高いということを知っておきましょう。

 ハラスメント相談を受けた場合の対応について

ハラスメント相談を受けた場合の対応や改善策については、弁護士や社会保険労務士など法務関連の専門家が強いかと思われます。具体的には、適切な手続きを踏み、ハラスメント行為が認定された場合には、業務命令による改善措置などを行っていきます。

しかし、別の記事で述べたように、法務系のハラスメント相談窓口にも弱点があり、ハラスメントの相談を受けた際に相談者がメンタルヘルス不調であるかどうかの判断は難しいかと思われます。

また、守秘義務と本人の同意次第にはなりますが、ハラスメント相談窓口でメンタルヘルスの不調が把握された場合は、早めに「事業場内の産業保健スタッフ等によるケア」への連携を心がけましょう。しかし、多くのハラスメント相談窓口は外部委託機関に産業医への相談を行うという発想がないように思えます。

多くの産業医に聴いてみたのですが、外部ハラスメント相談窓口から、産業医へメンタルヘルス不調の連絡があったという話はほとんどないようです。

 産業医と精神障害の労災認定のかかわり

産業医は、事業所よりメンタルヘルス不調かもしれない従業員と面談してほしいとの依頼を受ける立場です。メンタルヘルス不調の面談において、ハラスメントにまつわる話が出ることはよくあります。そのような場合に、ハラスメント事案と疑われる案件を産業医だけで留めておくべきか悩むことは多いです。

医師には守秘義務がありますので、本人の同意なしに他へ話すことは問題があります。これは、医師だけの話ではなく、心理職やキャリアコンサルタントにも同じく守秘義務という課題があります。そのため、本人の同意を得ずに事業所へ伝えることは緊急対応でなければ差し控えるべきでしょう。

あまり、世間ではこの部分の話は出ていないのですが、産業医がこのようなハラスメントによるメンタルヘルス不調が疑われる事案に適切に対処することは重要です。さらには、本人がハラスメントにより病気になり通院していると訴えている場合に、私傷病に適用される健康保険を利用して保険給付を受けていいのかという論点もあります。

産業医は、守秘義務に留意しつつクライエント企業のハラスメント窓口と連携をとるようにしましょう。
世の中の多くのハラスメント相談外部受託機関はみんなどうしているのでしょうね・・・・

今後の産業医は、このような複雑な場面に対応する能力が求められるでしょう。

まとめ

ハラスメント相談窓口は、法律によって設置が義務付けられています。しかし、ハラスメントが発生し、それに関する相談があった場合、企業は適切な対応を行い改善しなければ、精神障害の労災認定の可能性が高まる可能性があります。

精神障害の労災認定基準(9号認定基準)は、人事労務担当者が絶対に知っておくべき内容です。心理的負荷としては、「中程度の精神的攻撃など」を受け、それに関して適切な対応や改善がなされなかった場合に労災認定につながりうることをきちんと知っておかなければなりません。

産業医は、メンタルヘルス不調を疑われる従業員と面談する機会がありますが、その面談においてハラスメントがかかわることがあります。守秘義務の観点に留意しつつ、対応する能力が求められます。

また、ハラスメント窓口の外部委託機関では、産業医などとの連携に注意を払いましょう。メンタルヘルスの不調とハラスメントは密接に関連しています。

労働衛生コンサルタント事務所LAOでは、産業医・顧問医の受託をお受けしております。労務管理と一体になった産業保健業務を多職種連携で行います。

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この記事を書いた人

清水 宏泰

1975年生まれ。公衆衛生分野の専門家。現在はさまざまな組織の健康問題を予防するためにLAOにて行政書士・社労士・労働衛生コンサルタントとして活動しています。主に健康、心理系、産業保健の情報について発信していきます。

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