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【事業者・労働者向け】メンタルヘルス(精神障害)の労災申請の実務について詳細に解説

メンタルヘルス不調となった従業員の方が、労災申請を行いますと会社に申し出る場合があります。
私は職業柄、メンタルヘルスの労災申請について関わることが多いのですが、多くの企業はあまり経験したことがないと思います。
今回は、メンタルヘルスの労災申請と、申請を行ってからどのような手続きが進むのかについて解説します。
今回の記事は、労災申請の申出があった事業所と、労災申請した従業員の方の双方向けの内容になっています。

 メンタルヘルスの労災申請の発生

メンタルヘルス疾患で休職した従業員の方から突然、会社で発生した、パワハラ、セクハラ、長時間労働などによりメンタルヘルス不調になったので労災申請をしますと申出がある場合があります。

別のバージョンで、労災申請を行わず、いきなり代理人である弁護士から内容証明が会社に届くこともあります。この場合、損害賠償請求として100~200万円払えという感じの内容が多いと思います。初めてこのような内容証明が届いた会社はびっくりして混乱することが多いのですが、私は見慣れてしまいました・・・

今回は、何らかのハラスメントを原因としてメンタルヘルス不調になったと従業員が主張する場合の、精神障害(メンタルヘルス不調)の労災申請についてお話します。精神障害の原因がハラスメント系によるものなのか、長時間労働によるものなのかで労働者、従業員ともに対応がやや違ってきます。

精神障害に関する事案の労災補償状況

精神障害の労災申請と、労災補償状況なのですが厚生労働省にて公表されています。令和4年版を見てみましょう。

令和4年度「過労死等の労災補償状況」を公表します 厚生労働省

この中で以下のように記載されています。

(1)請求件数は2,683件で前年度比337件の増加。
 うち未遂を含む自殺の件数は前年度比12件増の183 件
(2)支給決定件数は710件で前年度比81件の増加。
 うち未遂を含む自殺の件数は前年度比12件減の67件

以下は厚生労働省の資料です。


精神障害であれば、認定率は3割程度ということになります。

 従業員の方から労災申請の申出があったら、労災申請の手続きを行いましょう

まず、従業員の方が通院している医療機関が、労災病院または労災指定医療機関か、それ以外で手続きが違ってきます。こちらの論点は、労災の基本的な申請手続に関する話題なので、割愛します。

メンタルヘルスの休業の場合、通常4日以上の休業になりますので、労働者死傷病報告等をすぐに提出することになります。メンタルヘルス不調の発症の原因に同意できない場合でも、所轄の労働基準監督署に相談しておきましょう。

労災申請の手続きについて従業員より申し出があった場合には、事業者は淡々と手続きを進めましょう。労災をなかったことにするのは、いわゆる労災隠しとなる可能性がありますので慎重に対応しましょう。

労災かくしとは何ですか。
 事業者は、労働災害等により労働者が死亡又は休業した場合には、遅滞なく、労働者死傷病報告等を労働基準監督署長に提出しなければなりません。
 「労災かくし」とは、事業者が労災事故の発生をかくすため、労働者死傷病報告(労働安全衛生法第100条、労働安全衛生規則第97条)を、(1)故意に提出しないこと、(2)虚偽の内容を記載して提出することをいいます。

厚生労働省ホームページ

もちろん、最初、従業員本人が私傷病だと思って、私傷病として事業所内で手続きが進んでいた場合でも、ある日突然、従業員本人が労災ではないかと思って、労災の手続きに移行する場合があります。そして、事業所が行う労災の手続き自体は、骨折などの他の一般的な傷病と変わりません。

労災の申請書の「災害の原因及び発生状況」記載について

今回は、労災指定のクリニックを受診して、ハラスメントが精神障害の原因であると従業員が主張していると仮定して話を進めていきます。
このような場合、まずは治療に関して、療養補償給付(治療)のための労災申請をしていくことになります。この場合、様式第5号を使用します。

上記の赤枠の部分、「災害の原因及び発生状況」に関して、労働者本人と事業者の見解が異なり、問題となることがあります。一般的な例として、労働者は上司のパワーハラスメントが原因でうつ病になったと主張する場合がありますが、事業者はハラスメントが存在しなかったと反論することがあります。

労災申請に際しては、原則として申請者である労働者本人が記載することが求められます。したがって、「災害の原因及び発生状況」の欄も労働者が記載するべきです。ただし、転倒や骨折などの一般的な労働災害の場合には、実務上、事業者がこの欄を記載することがあります。従業員と事業所の間で、ハラスメントの有無や内容について見解に相違がある場合には、労働者本人が記載しましょう。

事実関係について、労働者の見解と事業者の見解に差異がある程度、発生することは避けられないことです。こうした内容については、労災申請後に労働基準監督署や労働局が、聞き取り等を行い、確認を行います。この確認については後ほど詳述します。

また、休業補償給付(休業時に給付される金銭)の申請では、別の書式(様式8号)を用いて、同様の記載が必要となります。

 

労働者と事業者の見解が違う場合には、事業者証明はどうすればいいのでしょうか

労働者と事業者の見解の相違がある場合には、事業主証明はどうしましょうか。以下に様式第5号の事業主証明の部分を示します。

この事業主証明については、「⑲に記載した通りであることを証明します」と書いてあります。よって、事業者がこの欄を異議なく記載すると⑲に記載された「災害の原因及び発生状況」をそのまま証明することになります。

それでは、「災害の原因及び発生状況」や「災害の原因、発生状況及び発生当日の就労・療養状況」に関して、事業者が真実かどうか判断がつかない場合、事業者が証明を行わないためにはどのような対応が適切でしょうか。これについては以下の方法を取りましょう。

①証明しないように記載する。 
⑲を二重線で消して証明しない意思を明確にする。
または、すべて空白で提出する。

②理由書を別途作成し、労働基準監督署(労働局)へ提出する。
この二つの方法を実行しましょう。

まず、「災害の原因及び発生状況」(⑲)を証明することが問題になるため、この部分には二重線を引いて抹消します。これにより、事業者が「災害の原因及び発生状況」(⑲)について証明していないことになります。


また、フォームを完全に空白の状態で提出するという方法もあります。ただし、白紙の申請は、提出する労働者に対して否定的な印象を与える可能性があるため、個人的には「災害の原因及び発生状況」(⑲)の部分を二重線で抹消する方法を推奨します。

さらに、別紙に関しては、特定の書式が定められていないため、必要に応じて自分で作成することになります。書き方については、社会保険労務士に相談するとよいでしょう。

 ⑲「災害の原因及び発生状況」等を記載する、労働者の方へ

労働者の方は、「災害の原因及び発生状況」や「災害の原因、発生状況及び発生当日の就労・療養状況」を記載することになります。

この時に、感情に任せて、ハラスメントによる恨みつらみや、自分の悔しい感情だけをいろいろ書いても意味がありません。

⑲災害の原因及び発生状況」欄の記載にあたっては、ハラスメントによる恨みや個人的な感情のみを書くのではなく、労災認定基準に沿った事実を記述することが重要です。また、証拠資料の添付も必要に応じて行いましょう。多くの場合、この欄にはA4用紙数枚分の内容が必要になるため、全てをここに記載することは困難です。そこで、この欄に「別紙」と記入し、詳細をA4用紙に記載した別紙を労働基準監督署に提出しましょう。複数枚の別紙を使用する場合は、それぞれに契印を押しておくことが望ましいです。

行政(労働基準監督署や労働局)は、事実があったのか、そして、労災認定基準に合致するかしか興味がありません。
よって、この欄には、労災認定基準に合致するであろう事実を記載しておきましょう。欄が小さくてすべて書ききれない場合は、別紙として作成しても問題ありません。
また、書き漏れがあったとしても、申請者(従業員)への労働局等からの聞き取りの際に主張することもできます。

なお、業務による心理的負荷の強度の判断は、精神障害を発病した労働者が、その出来事及び出来事後の状況を主観的にどう受け止めたかによって評価するのではなく、同じ事態に遭遇した場合、同種の労働者が一般的にその出来事及び出来事後の状況をどう受け止めるかという観点から評価します。

2 業務による心理的負荷の強度の判断
(1) 業務による強い心理的負荷の有無の判断
認定要件のうち「2 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること」(以下「認定要件2」という。)とは、対象疾病の発病前おおむね6か月の間に業務による出来事があり、当該出来事及びその後の状況による心理的負荷が、客観的に対象疾病を発3 病させるおそれのある強い心理的負荷であると認められることをいう。 心理的負荷の評価に当たっては、発病前おおむね6か月の間に、対象疾病の発病に関与したと考えられるどのような出来事があり、また、その後の状況がどのようなものであったのかを具体的に把握し、その心理的負荷の強度を判断する。

その際、精神障害を発病した労働者が、その出来事及び出来事後の状況を主観的にどう受け止めたかによって評価するのではなく、同じ事態に遭遇した場合、同種の労働者が一般的にその出来事及び出来事後の状況をどう受け止めるかという観点から評価する。この「同種の労働者」は、精神障害を発病した労働者と職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する者をいう。

その上で、後記(2)及び(3)により、心理的負荷の全体を総合的に評価して「強」と判断される場合には、認定要件2を満たすものとする。

心理的負荷による精神障害の認定基準について 基発0901第2号 令和5年9月1日 

 

労働者と従業員は、その他の記載事項も埋めて、労災申請の手続きに乗せましょう。

 傷病手当金と労災の給付(休業補償給付)については同時申請ができる場合があります。

休業中に受け取れる給付について、労災の場合は休業補償給付が、私傷病の場合は健康保険より傷病手当金が支給されます。これらは同時に受け取ることはできません。

メンタルヘルスの不調(精神障害)による労災申請は、審査に時間がかかることがあります。そのため、労災と健康保険の傷病手当金を同時に申請することが一般的です。この際の手続きは、健康保険組合によって違う場合がありますので、加入している健康保険組合に問い合わせましょう。いずれかが認められた場合、その給付が支払われます。この際、調整は労災と健康保険の間で行われるため、申請者は特別な手続きを行う必要がないことが一般的です。

傷病手当金の申請書には、労災申請中であることを記載する欄が用意されています。詳細は、以下の記事で確認してください。

労災審査の行政での手続きがはじまります

労災の書類は労働基準監督署に送付されて、労災申請の手続きが始まります。

 精神障害の労災認定基準を理解しておきましょう。

精神障害に関する労災申請の手続きは、他の身体的疾患の場合と同様です。ただし、問題となるのは、事実が常に明らかではないことがあり、その場合、労働基準監督署などが詳細な確認を行うことになります。この過程では、人事労務担当者にかなりの負担がかかることがあります。また、関係者への聞き取り調査も行われる可能性が高いです。

労災認定基準については別記事で解説しています。
今回の話は、この知識を理解していないといけないので、まずは、こちらの記事を読んでください。

労働者側は、この内容を理解して精神障害の発症の経緯を説明するといいでしょう。もし、よくわからない、あるいは、ややこしそうであるということであれば、社会保険労務士に書類作成、提出を依頼することができます。

 労災申請は労働基準監督署ではなく、労働局が判断する場合があります。

労災申請が行われた場合、労働基準監督署は事実関係を確認することがあります。特に精神障害の場合、事実確認はほぼ行われるでしょう。さらに、複雑または難しい案件の場合、労働基準監督署ではなく、より上位の行政機関である労働局が介入することがあります。また、申請者に対して書類(申立書)が送付されることがあります。以下に、送付される書類のサンプルを示します。
この「申立書」は随時変更されることが予想されますので、労働局や労働基準監督署から送付されるものが違う場合がありますことをご了承ください。




この申立書には、このように記載されています。

労災保険給付の請求が行われますと、労働基準監督署では、保険給付を行うことができるかを判断するために必要な調査を行うことになります。
審査にあたり、請求人の方から詳しくお話をお聞きする(聴取といいます。)ことになりますが、申立書をご提出いただければ、この申立書によって聴取を省略できる場合があり、また、聴取を行う場合でも短時間に行うことができます。
そのため、請求人の方には申立書の提出をお願いしています。
但し、申立書の提出は強制ではありませんので、職員に直接話すことを希望する場合等には提出しないこともできます。
また、各項目については、精神障害を発病した方に関して記入していただくものです。
なお、本申立書は、労災保険給付の決定のためだけに使用するものであることを申し添えます。

つまり、この申立書を提出することで、①聴取を省略できる場合がある。②聴取を行う場合でも短時間で行うことができる。というメリットがあります。申立書は強制ではないので、必ず提出する必要がありませんが、提出しましょう。

「各項目については、精神障害を発病した方に関して記入していただくもの」とあり、この「申立書」はあくまで、精神障害(メンタルヘルス不調)の方のためのものになります。

この申立書は、提出することを強くお勧めいたします。そして、できれば社会保険労務士に相談して作成することをお勧めします。
この申立書の質問内容は、労災認定基準に沿った質問になります。どのような要件を満たせば、精神障害の労災認定が認められるかを知っておくことで正確な情報提供ができます。

繰り返しますが、行政(労働基準監督署や労働局)は、事実があったのか、そして、労災認定基準に合致するかしか興味がありません。
単に、恨みつらみを記載するだけでは、要件を満たさないかもしれません。
この労災認定基準の「強」にあたる事実を主張しなければなりません。

この申立書については、別記事で解説したいと思います。
引用:心理的負荷による精神障害の認定基準について

 労働局の労災の審査・ 結果の送付

労働局は、発生した事故や病気が実際にあったかどうかを調査します。その後、それが労災保険の認定基準に合致するかどうかを判断します。前述のように、通常は審査に半年ほどかかることが多いようですが、今まで、自殺事案、「強」かどうか不明な事案については、専門医3名の合議による意見収集が必須でした。しかし、2023年9月1日の労災認定基準の改訂により、医学意見の収集方法を効率化し、特に困難なものを除き専門医1名の意見で決定できるようなりました。例えば、自殺事案や、心理的負荷の強度が「強」かどうか不明な事案においては、専門医3名の合議による意見収集が必須でしたが、専門医1名の意見で決定できるよう変更されました。

心理的負荷による精神障害の労災認定基準の改正しました 厚生労働省

労災認定の結果は、申請者本人に送付されます。この結果に関しては、申請者の勤務先には通知されません。

 精神障害の労災申請は労災申請する(される)だけでは済まないことがあります。

ハラスメントを原因とする精神障害の労災申請が行われ、審査の結果、認められた場合、それで終わらないことがあります。
また、同様に、労災申請が認められなかった場合に、状況によりますが、労働者側も注意すべきことがあります。
こちらについては、また、そのうち記事にしますね。

 まとめ

精神障害の労災認定の手続きがどのように進んでいくかを解説しました。労働者である従業員にとっても、事業者にとっても、労災の申請書の記載をどのようにすればいいのかわからない場合も多いかと思います。
このような煩雑な手続きについては、社会保険労務士に委託することができます。

精神障害の労災申請後に労働局等から送付される、「申立書」についてもご紹介いたしました。

特に労働者の方は、労災認定基準についても知らないことが多いため、書面の作成について社会保険労務士へ相談することをお勧めいたします。

 

 

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この記事を書いた人

清水 宏泰

1975年生まれ。公衆衛生分野の専門家。現在はさまざまな組織の健康問題を予防するためにLAOにて行政書士・社労士・労働衛生コンサルタントとして活動しています。主に健康、心理系、産業保健の情報について発信していきます。

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