2024/01/19 2024/01/19
【化学物質】化学物質の管理で必要な、化学物質の濃度の基準について解説
化学物質の管理において、作業環境管理における化学物質の濃度の基準は重要です。
この、化学物質の濃度の基準は何を見ればいいのかよくわからないと質問も受けますのでまとめました。
化学物質の管理に関する濃度について、4つの基準を知っておきましょう
化学物質の管理において、濃度の基準が重要であることは言うまでもありません。しかし、濃度に関する基準は多岐にわたり、さまざまな基準が見つかります。今回は、これらの中でも特にメジャーな基準について解説します。以下が、その重要な基準です。
- 管理濃度:これは行政によって定められた濃度で、作業環境の測定結果を評価する基準として用いられます。
- TLV (Threshold Limit Value):これはACGIH(アメリカ産業衛生専門家会議、American Conference of Governmental Industrial Hygienists)によって設定された濃度のことを指します。TLVは、作業環境における化学物質等のばく露限度を示しています。
- 許容濃度;日本産業衛生学会が、米国TLVの濃度を参考に決定したもの。日本独特のものである。
- 濃度基準値:化学物質の自律的管理において、事業者は、厚生労働大臣が定める物質(濃度基準値設定物質)について、労働者がばく露される程度を厚生労働大臣が定める濃度の基準(濃度基準値)以下としなければなりません。
この4つについて解説します。
1.管理濃度について
管理濃度については、法令から解説します。以下に示される条文は、労働安全衛生法65条と、65条の2です。労働安全衛生法65条は作業環境測定の条文ですが、労働安全衛生法65条の2において、「前条第一項または第五項に基づく作業環境測定の結果の評価」と定めています。これは、作業環境測定を行った際の評価方法に関するものです。作業環境測定の結果は、厚生労働省令で定められた方法に従い、厚生労働大臣が定める作業環境評価基準に基づいて評価されなければなりません。(黄色ハイライト)
管理濃度の目的は、作業者の滞在時間に関わらず、高濃度のばく露が原因となる環境状態を改善することにあります。そのため、管理濃度には時間の概念は含まれていません。一方で、後述の許容濃度や濃度基準値は、個々の労働者のばく露限度を定めています。許容濃度や濃度基準値の場合、ばく露を減少させる方法として、気中濃度を低下させることの他に、ばく露時間を短縮することも考慮されます。
この点、すなわち時間の概念が含まれるか否かは、管理濃度と許容濃度の重要な違いとして理解しておく必要があります。
労働安全衛生法
(作業環境測定)
第六十五条 事業者は、有害な業務を行う屋内作業場その他の作業場で、政令で定めるものについて、厚生労働省令で定めるところにより、必要な作業環境測定を行い、及びその結果を記録しておかなければならない。
(中略)
5 都道府県労働局長は、作業環境の改善により労働者の健康を保持する必要があると認めるときは、労働衛生指導医の意見に基づき、厚生労働省令で定めるところにより、事業者に対し、作業環境測定の実施その他必要な事項を指示することができる。(作業環境測定の結果の評価等)
第六十五条の二 事業者は、前条第一項又は第五項の規定による作業環境測定の結果の評価に基づいて、労働者の健康を保持するため必要があると認められるときは、厚生労働省令で定めるところにより、施設又は設備の設置又は整備、健康診断の実施その他の適切な措置を講じなければならない。
2 事業者は、前項の評価を行うに当たつては、厚生労働省令で定めるところにより、厚生労働大臣の定める作業環境評価基準に従つて行わなければならない。
3 事業者は、前項の規定による作業環境測定の結果の評価を行つたときは、厚生労働省令で定めるところにより、その結果を記録しておかなければならない。
作業環境評価基準には、作業環境測定の評価方法が記載されています。
以下は一例に過ぎませんが、作業環境測定においては「管理濃度」を基準に評価を行うことが定められています(作業環境評価基準)。
このように、管理濃度は労働安全衛生法第65条に基づいて、作業環境測定の評価に用いる基準とされています。この評価基準に関する詳細な解説は、以下の記事で行っています。
2.ACCIH(アメリカ産業衛生専門家会議 )が定めたTLV(Threshold Limit Value)
TLVについては、実際に化学物質管理の実務で使うことがなかった方も多いかと思います。これはアメリカ産業衛生専門家会議が定める基準です。TLVは、毎日繰り返しある物質に暴露したときほとんどの労働者に悪影響がみられないと思われる大気中の濃度をいいます。このTLVはさらに3つのTLVに分かれます。
TLV-TWA(時間加重平均):1日8時間、週40時間が基準となる濃度
TLV-STEL(短時間ばく露限界値):15分間の時間平均ばく露で、作業日のいかなる時においても超えるべきでないもの
TLV-C(天井値):作業中のばく露のいかなる部分においても、超えるべきでない値
これらについては、以下のように解説されています。
1 ばく露限界値(TLV:Threshold Limit Value)に関する米国政府労働衛生専門家会議(ACGIH)の考え方について
(1) TLV-TWA(Time-Weighted Average)について、ACGIH(2018.p.4)は、「通常の1日8時間、週40時間の時間加重平均であって、ほぼ全ての労働者が、その濃度に毎日繰り返しばく露されても、その職業人生を通じて健康に悪影響を受けることがないと考えられる」としている。
(2) TLV-STEL(Short-Term Exposure Limit)について、ACGIH(2018.p.4)は、「15分間の時間平均ばく露で、作業日のいかなる時においても超えるべきでないもの」としており、TLV-STELは、「1)刺激、2)慢性又は不可逆的な生体組織へのダメージ、3)濃度依存の毒性効果、4)事故による傷害、自己救命の阻害や労働効率の低下をもたらすことなく、労働者が短時間、継続的にばく露できる値」としている。ただし、日常的にTLV-TWAを超えている場合は、上述の影響を防護できるとは限らない、としている。
(3) TLV-C(Ceiling)について、ACGIH(2018.p.4)は、作業中のばく露のいかなる部分においても、超えるべきでない値としている。ACGIH(2018.p.6-7)は、急性中毒のように即効性のある影響がある物質については、TLV-TWAとTLV-STELの組み合わせではなく、TLV-Cを超えることがないように最大限管理すべきとしている。
日本の基準である管理濃度、許容濃度、ばく露限界値が設定されていない化学物質について濃度管理を行う場合、TLVを参考に設定することが考えられます。法令上は、TLVを直接的に作業環境管理に用いなければいけない規定はありませんが、TLVは日本産業衛生学会が定める許容濃度や管理濃度に影響を与えています。
3. 産業衛生学会の許容濃度
許容濃度は、日本産業衛生学会によって定められた基準です。許容濃度とは,労働者が1日8時間,週間40時間程度,肉体的に激しくない労働強度で有害物質に曝露される場合に,当該有害物質の平均曝露濃度がこの数値以下であれば,ほとんどすべての労働者に健康上の悪い影響が見られないと判断される濃度です(「許容濃度等の勧告(2022年度)」(2022年5月25日、産業衛生学雑誌 2022; 64(5): 253–285)。
許容濃度等の勧告・Recommendation of Occupational Exposure Limits
許容濃度等の勧告についてここに述べる有害物質の許容濃度,生物学的許容値,騒音,衝撃騒音,高温,寒冷,全身振動,手腕振動,電場・磁場および電磁場,紫外放射の各許容基準は,職場におけるこれらの環境要因による労働者の健康障害を予防するための手引きに用いられることを目的として,日本産業衛生学会が勧告するものである.
許容濃度には、2種類があります。許容濃度は平均暴露濃度の基準であり、最大許容濃度は、どの時間でも超えるべきではない濃度になります。
許容濃度: 許容濃度とは,労働者が1日8時間,週間40時間程度,肉体的に激しくない労働強度で有害物質に曝露される場合に,当該有害物質の平均曝露濃度がこの数値以下であれば,ほとんどすべての労働者に健康上の悪い影響が見られないと判断される濃度である.
最大許容濃度:最大許容濃度とは,作業中のどの時間をとっても曝露濃度がこの数値以下であれば,ほとんどすべての労働者に健康上の悪い影響が見られないと判断される濃度である.
日本産業衛生学会の勧告値は、あくまでも参考値であり、法令によってその利用が義務付けられているわけではありません。
許容濃度の表は日本産業衛生学会誌に掲載されているため、著作権の関係上問題があるかもしれないので、このブログではそのまま転載できませんので、リンクより参照されてください。
4.濃度基準値と濃度基準値設定物質について
化学物質の自律的管理に関連して、労働安全衛生法の第577条の2の第2項は、特定の化学物質に対する濃度基準値設定に関する対策を規定しています。この規定に基づき、事業者は厚生労働大臣が定める化学物質を製造し、または取り扱う屋内作業場において、労働者がこれらの物質にばく露される程度を、厚生労働大臣が定める濃度基準値以下に保つ義務があります。一般的には、これらの濃度基準値が設定されている物質は「濃度基準値設定物質」と通称されることが多いです。
なお、化学物質管理者講習テキストによると、以下のように、労働安全衛生法22条に基づくとされています。
濃度基準値 安衛法第22条に基づく健康障害を防止するための基準であり、全ての労働者のばく露がそれを上回ってはならない濃度の基準。
~ リスクアセスメント対象物製造事業場向け ~ 化学物質管理者講習テキスト 第1版 2023年3月 厚生労働省
こちらが労働安全衛生法22条になります。
第二十二条 事業者は、次の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない。
一 原材料、ガス、蒸気、粉じん、酸素欠乏空気、病原体等による健康障害
二 放射線、高温、低温、超音波、騒音、振動、異常気圧等による健康障害
三 計器監視、精密工作等の作業による健康障害
四 排気、排液又は残さい物による健康障害
ここまでまとめます。
中間まとめ
安衛則第577条の2第2項の規定に基づきリスクアセスメントに用いる、厚生労働大臣が定める濃度の基準を「濃度基準値」といいます。
濃度基準値が設定される物質を一般的に濃度基準値設定物質と言います。
この、安衛則第577条の2第2項の規定によるリスクアセスメントの詳しい情報については、以下の記事を参照してください。
濃度基準値ですが、八時間濃度基準値と短時間濃度基準値が定められています。但し、すべての物質で両者が定められているわけではありません。
八時間濃度基準値と短時間濃度基準値については、以下のように解説されています。
八時間濃度基準値は、長期間ばく露することにより健康障害が生ずる ことが知られている物質について、当該障害を防止するため、八時間時間加重平均値が超えてはならない濃度基準値として設定されたものであり、この濃度以下のばく露においては、おおむね全ての労働者に健康障害を生じないと考えられているものであること。
短時間濃度基準値は、短時間でのばく露により急性健康障害が生ずることが知られている物質について、当該障害を防止するため、作業中のいかなるばく露においても、十五分間時間加重平均値が超えてはならない濃度基準値として設定されたものであること。
この八時間濃度基準値と短時間濃度基準値の使い方ですが、八時間時間加重平均値は、八時間濃度基準値を超えてはならず、十五分間時間加重平均値は、短時間濃度基準値を超えてはならないとされています。八時間時間加重平均値と、十五分間時間加重平均値の解説は以下になります。
- 八時間時間加重平均値
1日の労働時間のうち8時間のばく露における物質の濃度を各測定の測定時間により加重平均して得られる値 - 十五分時間加重平均値
1日の労働時間のうち物質の濃度が最も高くなると思われる15分間のばく露における当該物質の濃度を各測定の測定時間により加重平均して得られる値
参考文献:化学物質による健康障害防止のための濃度の基準の適用等に関する技術上の指針 令和5年4月27日 技術上の指針公示第24号
以下の告示に濃度基準値が公表されています。なお、追加されたり、改定されることがありますので、常に最新のものを確認しましょう。
引用:濃度基準告示(労働安全衛生規則第577条の2第2項の厚生労働大臣が定める物及び厚生労働大臣が定める濃度の基準)
上記、別表において、「※」の付されている短時間濃度基準値については、天井値と呼ばれるものになります。以下に天井値の説明を載せておきますが、とにかくこの値を超えてはいけない濃度です。「天井値」というと、前述のACGIH(アメリカの作業環境許容濃度)のTLV-Cを想起される方も多いかと思いますが、ここでの「天井値」は「技術上の指針」(化学物質による健康障害防止のための濃度の基準の適用等に関する技術上の指針 令和5年4月27日 技術上の指針公示第24号 )に記載されているものです。作業暴露のいかなる場合においても超えてはならない濃度であり、考え方としてはTLV-Cと同じ意味を持ちます。
別表2の左欄に掲げる物のうち、短時間濃度基準値が天井値として定められているものは、当該物のばく露における濃度が、いかなる短時間のばく露におけるものであるかを問わず、短時間濃度基準値を超えないようにすること。
また、この濃度基準値は、呼吸用保護具の選択において、要求防護係数を計算する際にも使用されます。この理論は重要なので知っておきましょう。以下の記事で解説しています。
化学物質による健康障害防止のための濃度の基準の適用等に関する技術上の指針 令和5年4月27日 技術上の指針公示第24号」により、以下のように記載されており、「短時間濃度基準値が設定されていないもの」については、八時間濃度基準値の3倍を超えないようにすることとあります。これより、短時間濃度基準値がない場合には、八時間濃度基準値の3倍を用いることになります。
5-2 濃度基準値の適用に当たって実施に努めなければならない事項
事業者は、5-1の濃度基準値について、次に掲げる事項を行うよう努めなければならないこと。
(1) 別表2の左欄に掲げる物のうち、八時間濃度基準値及び短時間濃度基準値が定められているものについて、当該物のばく露における十五分間時間加重平均値が八時間濃度基準値を超え、かつ、短時間濃度基準値以下の場合にあっては、当該ばく露の回数が1日の労働時間中に4回を超えず、かつ、当該ばく露の間隔を1時間以上とすること。
(2) 別表2の左欄に掲げる物のうち、八時間濃度基準値が定められており、かつ、短時間濃度基準値が定められていないものについて、当該物のばく露における十五分間時間加重平均値が八時間濃度基準値を超える場合にあっては、当該ばく露の十五分間時間加重平均値が八時間濃度基準値の3倍を超えないようにすること。
(3) 別表2の左欄に掲げる物のうち、短時間濃度基準値が天井値として定められているものは、当該物のばく露における濃度が、いかなる短時間のばく露におけるものであるかを問わず、短時間濃度基準値を超えないようにすること。
まとめ
化学物質の管理における指標としての濃度基準について解説しました。管理濃度、TLV(Threshold Limit Value:許容曝露限界値)、許容濃度、濃度基準値について、それぞれの特徴を理解しておきましょう。
管理濃度は時間の概念を含まないのに対し、許容濃度や濃度基準値は時間の概念を含んでいます。これらは、空気中の濃度を低下させることに加え、ばく露時間を短縮することも考慮されます。
また、「天井値」という用語は、TLVと濃度基準値の両方に定義がありますが、TLVの天井値と濃度基準値の天井値は原則として別のものになります。
法的観点から重要なのは、労働安全衛生法第65条に基づく作業環境管理を行うための管理濃度と、同法第577条の2第2項に基づくリスクアセスメントを行うための濃度基準値です。
適切な場面で適切な基準を利用することの重要性を知っておきましょう。
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