2023/11/03 2023/11/13
【資格】産業医が社労士になったら、特定社会保険労務士を目指しましょう
今は2023年ですが最近、産業保健分野で社会保険労務士を目指す医療職の方が増えてきた印象があります。
社会保険労務士試験に合格された方が、社会保険労務士の登録を行ったら、特定社会保険労務士をとるべきかという話があります。ぜひ、産業保健で活躍されている医療職の方は、特定社会保険労務士となりましょう。
今回は、産業保健で活躍する医療職(産業医)と社会保険労務士のダブルライセンサーが、特定社会保険労務士となるべきかについて、特定社会保険労務士とはなにかという部分からお話したいと思います。
医療職と特定社会保険労務士
医療職と社会保険労務士
医療職と社会保険労務士のダブルライセンサーが産業保健の現場で活躍する場面ですが、まずは、この相性のいい医療職としては、医師(産業医)、保健師、看護師、公認心理師があげられると思います。
看護師・保健師の社会保険労務士のダブルライセンスについては、以下の記事を参照してください。
産業医や公認心理師は、まだ記事を執筆していませんが、同様に社会保険労務士とのダブルライセンスには、大きなメリットがあります。
そして、社会保険労務士なった後、特定社会保険労務士となることができるのですが、今回は産業医をメインに特定社会保険労務士を取得するメリットについてお話しいたします。
最初にお伝えいたしますと、産業医と特定社会保険労務士のダブルライセンサーについては、以下の様な場面で活躍できるでしょう。
- 産業医が配転について医師の意見を述べる場合
- 休職期間満了の退職の場面
- 欠勤が続く場合に懲戒を意識する場合
- ハラスメントについて、事業所による対応が必要な場面おいて
このように、特定社会保険労務士になると、非常にセンシティブな場面において活用できる知識を得ることができます。
ではまず、特定社会保険労務士と、通常の社会保険労務士は何が違うのか、以下に解説いたします。
特定社会保険労務士とは
労働にかかわるトラブルが発生したとき、通常は、裁判で解決を行います。しかし、裁判ではなく、ADR(裁判外紛争解決手続)という制度によって解決しようとするときに活躍するのが、特定社会保険労務士なのです。このADR(裁判外紛争解決手続)という制度は、通常の社会保険労務士は代理人となることができません。
以下に、全国社会保険労務士会連合会のホームページ記載内容を引用します。
紛争解決手続代理業務 (抜粋)
労働にかかわるトラブルが発生したとき、ふと思い浮かべるのが裁判です。しかし、裁判はお金も時間もかかります。また、裁判の内容は一般に公開されるので、経営者と労働者が互いに名誉や心を傷つけあう結果にもなりかねません。
そんなときこそ、ADR(裁判外紛争解決手続)の出番です。ADRとは、裁判によらないで、当事者双方の話し合いに基づき、あっせんや調停、あるいは仲裁などの手続きによって、紛争の解決を図ります。(中略)
ADR代理業務は、特定社労士が行うことができる業務です。
特定社労士は、トラブルの当事者の言い分を聴くなどしながら、労務管理の専門家である知見を活かして、個別労働関係紛争を「あっせん」という手続きにより、簡易、迅速、低廉に解決します。※社労士が特定社労士になるには、「厚生労働大臣が定める研修」を修了し、「紛争解決手続代理業務試験」に合格後に、その旨を連合会に備える社会保険労務士名簿に付記しなければなりません。
この特定社会保険労務士は、上記引用にあるように、「厚生労働大臣が定める研修」を修了し、「紛争解決手続代理業務試験」に合格後に、その旨を連合会に備える社会保険労務士名簿に付記しなければなりません。また、特定社会保険労務士となることを、「特定附記」ともいいます。
この特定社労士になるための特別研修は、ものすごくボリュームがあります。年に1回しか開催されていませんので、特定社会保険労務士になろうとする方は機会を逃さないようにしましょう。何日も研修に参加する必要がありますし、かなり大変だったと記憶しています。また、最後に試験があるのですが、合格率は50~60%前後で推移しているようです。
内容としては、eラーニングと、講義、さらにグループ研修があります。この研修ではかなりの判例を学ぶことになります。
なお、「特定」が付記されることにより、新たに追加の会費の発生等はありません。
また、全国47都道府県にある社労士会では、職場のトラブルを話し合いで解決するための機関として、社労士会労働紛争解決センターを設置しています。以下に手続きが記載されていますので、参考にしてみましょう。
ただ、上記ホームページに記載がありますが、労働組合と事業主との紛争(集団的労使紛争)、明らかな労働基準法等の労働関係法上の法規違反や労働者と事業主との間における私的な金銭賃金問題等は対象にはなりません。
このページで、「あっせん」の内容についてはチェックしておきましょう。
産業医が、特定社会保険労務士の知識を役立てる場面について
特定社会保険労務士の資格を取得するためには、前述のように、「厚生労働大臣が定める研修」を修了し、「紛争解決手続代理業務試験」に合格しなければなりません。この研修において、講義もありますが、架空の事例を基に、あっせんについて、あっせん申請書や、あっせんに対する答弁書を作成するグループワークがあります。民法の話も絡み、要件事実の話も出てきます。
このように、個別労働関係紛争という「紛争」について具体的に判例や民法を意識しながら対応を考えてきます。
さて、先ほど例示したような、特定社労士の知識の活躍が想定される場面ですが、産業医が特定社会保険労務士であった場合、どのようなメリットがあるかを考えてみましょう。
ただし、前述のように、特定社会保険労務士はADR(裁判外紛争解決手続)という制度において、代理人となることができる資格であり、実際に、産業医として勤務している事業所で代理人となることは、倫理的にも問題があると思われます。よって、産業医が、本来の特定社会保険労務士の目的である、ADR(裁判外紛争解決手続)において代理人となることはないかと思います。
しかし、この特定社会保険労務士となる過程において得られる知識は、日々の産業医業務に親和性のあるものがあり、非常にが役に立つでしょう。
以下、どのような場面で産業医に親和性があるのかを解説していきます。
産業医が配転について医師の意見を述べる場面
配置転換は、配転命令により行われますが、産業医が医師の意見を述べ、事業者が産業医の意見を尊重して、従業員に配転命令を下すことになります。このような配転命令については、労働契約の解釈の問題として考えることができます。配転に関する特約があるかどうか、就業規則はどのようになっているのかや、労働者の職種や地位等を考慮する必要があります。
多くの産業医は配転命令権について考慮せず、医学的な観点から就業上の措置に関する意見を述べます。これが間違っているわけではありませんが、配転命令について様々な論点があることを知っていれば、事業所も従業員も元気に活躍できる場面が増えるかもしれません。
休職期間満了の退職の場面
心身の故障により休職した後の休職期間満了による退職は、休職制度の在り方にもよりますが、使用者からの申し出による一方的な労働契約の終了に当たらず、いわゆる自然退職になる可能性が高いでしょう。しかし、この心身の故障による休職期間において、従業員が労務提供可能である旨の主張を行うことはよくあります。きちんとした手続きの上、産業医が、心身の故障の状況と従業員の労務遂行能力につき意見を述べる必要があります。
この点、病気休業の休職期間満了の後に退職した元従業員が、退職は解雇にあたるとして訴訟を提起する可能性もあります。この場合、退職が解雇であり、無効であったとされた場合には、多大な金銭の支払いが必要となるかもしれません。解雇の合理性・相当性についてきちんと理解しておくことや、解雇権濫用法理においては、使用者が解雇の合理性・相当性を基礎づける事実について主張立証責任を負うことを知っておきましょう。
労働者は、労働契約により労務を提供する義務があります。そして、労務の提供については一定の質が前提であり、質が十分でなければ債務不履行との評価を受ける場合があります。この債務不履行に関しては、民法415条の規定になり、通常の社会保険労務士の試験に合格しただけでは、社会保険労務士の試験科目に民法が含まれないことから、民法の知識や、要件事実論を知らない状態なので対応は難しいかもしれません。さらに、単に従業員のお仕事の質が低い、心身の故障により能力が低いというだけではなく、他の仕事がない等の労働契約を維持することが困難な状況であることも考慮しなければなりません。
特定社会保険労務士となる過程で、これらについても学んでいくことになります。
また、法律要件に該当する具体的な事実を要件事実と言いますが、こちらについても理論を知っておく必要があります。
欠勤が続く場合に懲戒を意識する場合
従業員が突然欠勤するということはよくあります。この場合、欠勤は様々な理由により起こり得ますし、やむを得ない場合もあります。
このような場面で、心身の故障による欠勤であれば、就業規則等に基づき、事業者が休職発令等の対応を行う必要があります。しかし、理由のない欠勤で、いわゆる無断欠勤あれば、事業所は懲戒手続きを検討していくことになります。産業医は、欠勤を繰り返す従業員が心身の故障によるものなのか、そうでないのかについて意見を求められることもあるでしょう。
このような場面で、懲戒についてどのような論点があるか知っていれば、スムーズに産業医業務を行うことができるでしょう。
ハラスメントについて、事業所が対応が必要な場面おいて
産業医面談を行っていると、ハラスメントが疑われる事案に関わることが良くあります。ハラスメントについてもあっせんでどのような論点や判例が問題となるか知っておくとよいでしょう。
特定社会保険労務士の研修においては、ハラスメントの判例についても学んでいきます。
裁判における陳述書の作成に役に立ちます
産業医が裁判に巻き込まれることはあります。産業医が裁判に関与する場合、多くの場合は事業所側の証拠として「陳述書」を作成し、裁判所へ提出することになります。この陳述書に記載する内容は、産業医が今まで実際に行ってきたことです。代理人である弁護士と連携して、陳述書を作成するのですが、実際に行った事実はなかったことにできません。前述のような論点や判例を踏まえて行動していれば、きちんとした陳述書を記載することができるでしょうが、やみくもに行動していた場合には、難しいかもしれません。
近年、ルール・業務遂行レベルに着目したメンタルヘルス対応を行うべきという意見もありますが、前述した論点の他にもさまざまな論点があり、それらをきちんと知っておき、必要に応じて調べて、具体的な状況に合わせて対応していかないと、裁判が関与する場面では厳しいのではないかと思います。
特に、退職が絡む場合は、遡及的に退職が無効となった場合、賃金債権の消滅時効が3年となっていることから額が多大になる可能性が高いことなどより大きな問題となりえます。
「陳述書」を何通かいたことがあるかは、その産業医がどれだけ修羅場を潜り抜けたかという目安になるのではと思います。
まとめ
産業保健で活躍する医療職と社会保険労務士のダブルライセンサーが、特定社会保険労務士となるべきかについて、特定社会保険労務士とは何か、どのようにしてなることができるのかについてお話ししました。
労働にかかわるトラブルが発生したとき、通常は、裁判で解決を行います。しかし、裁判ではなく、ADR(裁判外紛争解決手続)という制度によって解決しようとするときに活躍するのが、特定社会保険労務士なのです。
産業医が特定社会保険労務士の知識をもって活動する場合で、活躍できる場面について例示しました。産業医が、裁判に巻き込まれることはありますが、その場合、陳述書を作成することが多いです。陳述書の作成の場面でも、特定社会保険労務士の知識が役に立つでしょう。
産業医が社会保険労務士となった場合には、特定社会保険労務士となることをお勧めいたします。
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