事務所LAO – 行政書士・社会保険労務士・労働衛生コンサルタント・海事代理士

【開業】産業医が社労士・行政書士事務所併設時は、「依頼に応ずる義務」に注意しましょう

有名な話ですが、医師は診療を断れない、士業もどんな仕事も受けなければならないという話があります。
今回は、依頼があった場合に仕事を受任しなければならないのかについて解説したいと思います。

医師や士業は仕事の依頼を断ることができるのか

有名な話ですが、医師は診療を断れない、士業によっては、原則として仕事も受けなければならないという話があります。
今回は、医師、行政書士、社会保険労務士について、依頼に応じる義務について、法令、通達等より解説したいと思います。

 医師の応召義務

まず、医師法には、診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならないという、応召義務がある旨が規定されています。

医師法
第十九条 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。
2 診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会つた医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない。

e-Gov 医師法

このように「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」とばっちり書いてありますね。実は、医師法19条に関しては、通達があります。実は、この応召義務については、近年の医師の働き方改革において、応召義務があるので時間外労働はやむを得ないのではないかという論点がありました。通達はこちらになります。

応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について 厚生労働省医政局長 医政発1225第4号 令和元年12月25日

この通達については、以下のように記載されています。

医師法第19条第1項及び歯科医師法第19条第1項に規定する応招義務は、医師又は歯科医師が国に対して負担する公法上の義務であり、医師又は歯科医師の患者に対する私法上の義務ではないこと。

つまり、応召義務は国に対してあるということになります。応召義務は、医師が国に対して負担する公法上の義務。応召義務違反に対して、刑事罰は規定されていないが、医師法上、医師免許に対する行政処分はあり得るものとされています。私法上については、地裁の判例があるようですが、義務はあきらかではありません(厚生労働省 医師の働き方改革に関する検討会 平成30年9月19日)。

応召義務違反について、行政指導の実例はないようですが、行政指導がある場合には、行政指導の中止の求め(行政手続法36条の2)で対応していくことになるのでしょう。

(行政指導の中止等の求め)
第三十六条の二 法令に違反する行為の是正を求める行政指導(その根拠となる規定が法律に置かれているものに限る。)の相手方は、当該行政指導が当該法律に規定する要件に適合しないと思料するときは、当該行政指導をした行政機関に対し、その旨を申し出て、当該行政指導の中止その他必要な措置をとることを求めることができる。ただし、当該行政指導がその相手方について弁明その他意見陳述のための手続を経てされたものであるときは、この限りでない。
2 前項の申出は、次に掲げる事項を記載した申出書を提出してしなければならない。
一 申出をする者の氏名又は名称及び住所又は居所
二 当該行政指導の内容
三 当該行政指導がその根拠とする法律の条項
四 前号の条項に規定する要件
五 当該行政指導が前号の要件に適合しないと思料する理由
六 その他参考となる事項
3 当該行政機関は、第一項の規定による申出があったときは、必要な調査を行い、当該行政指導が当該法律に規定する要件に適合しないと認めるときは、当該行政指導の中止その他必要な措置をとらなければならない。

e-Gov 行政手続法

通達「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」には、患者を診療しないことが正当化される事例が整理されています。
長いので、引用しませんが、医師や医療機関の方はしっかり読んでおきましょう。

 社会保険労務士の依頼に応ずる義務は罰金があります

開業社会保険労務士は、正当な理由がある場合でなければ、依頼(紛争解決手続代理業務に関するものを除く。)を拒んではならない(社会保険労務士法第20条)こととされています。なお、この20条違反、つまり依頼に応ずる義務違反については、社労士法33条1項2号で100万円以下の罰金になります(黄色ハイライト)

社会保険労務士法(依頼に応ずる義務)
第二十条 開業社会保険労務士は、正当な理由がある場合でなければ、依頼(紛争解決手続代理業務に関するものを除く。)を拒んではならない。

第三十三条 次の各号のいずれかに該当する者は、百万円以下の罰金に処する。
一 第十九条(第二十五条の二十において準用する場合を含む。)の規定に違反した者
二 第二十条(第二十五条の二十において準用する場合を含む。)の規定に違反した者
三 第二十六条の規定に違反した者

e-Gov 社会保険労務士法

この、紛争解決手続代理業務については、特定社労士でなければ受任できないので拒否できます。また、以下の社会保険労務士法22条に業務を行いえない事件について記載があります。

社会保険労務士法(業務を行い得ない事件)
第二十二条 社会保険労務士は、国又は地方公共団体の公務員として職務上取り扱つた事件及び仲裁手続により仲裁人として取り扱つた事件については、その業務を行つてはならない。
2 特定社会保険労務士は、次に掲げる事件については、紛争解決手続代理業務を行つてはならない。ただし、第三号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。
一 紛争解決手続代理業務に関するものとして、相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
二 紛争解決手続代理業務に関するものとして相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの
三 紛争解決手続代理業務に関するものとして受任している事件の相手方からの依頼による他の事件
四 開業社会保険労務士の使用人である社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員若しくは使用人である社会保険労務士としてその業務に従事していた期間内に、その開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人が、紛争解決手続代理業務に関するものとして、相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件であつて、自らこれに関与したもの
五 開業社会保険労務士の使用人である社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員若しくは使用人である社会保険労務士としてその業務に従事していた期間内に、その開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人が紛争解決手続代理業務に関するものとして相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるものであつて、自らこれに関与したもの

e-Gov 社会保険労務士法

ここで、「正当な理由」が問題になりますが、通達等はなさそうなので具体的事案によるのでしょう。医師免許と社会保険労務士のダブルライセンスを有する者で、産業医を主な業務とする方もおられると思いますが、この社労士法20条により、うちは産業医事務所なので「給与計算はしません」、「労働基準監督署への届出は行いません」等をあらかじめホームページ等で明記するのはまずいかもしれません。
社労士と産業医で開業される方は注意しておきましょう。

 行政書士の依頼に応ずる義務も罰金があります

行政書士においては、行政書士法11条で依頼に応ずる義務があります。しかも、行政書士法23条で罰則付きです。

(依頼に応ずる義務)
第十一条 行政書士は、正当な事由がある場合でなければ、依頼を拒むことができない。

第二十三条 第九条又は第十一条の規定に違反した者は、百万円以下の罰金に処する。
2 行政書士法人が第十三条の十七において準用する第九条又は第十一条の規定に違反したときは、その違反行為をした行政書士法人の社員は、百万円以下の罰金に処する。

e-Gov 行政書士法

日本行政書士連合会に「行政書士倫理」にも同様の記載があります。ここでも、依頼の拒否は100万円以下の罰金とされています。
さらに日本行政書士連合会の「行政書士倫理」にも記載されています。これは、あくまで日本行政書士連合会が独自に定めた規定です。しかし、行政書士であれば、完全に無視するのは難しいのではないでしょうか。

第2章 依頼者との関係における規律
(依頼に応ずる義務)
第12条 行政書士は、正当な事由がある場合でなければ、依頼を拒むことができない。 2 行政書士は、業務の受託にあたり、依頼者等が本人であることを、面談等の適切な方法により確認しなければならない。
(依頼の拒否)
第13条 行政書士は、正当な事由がある場合において依頼を拒むときは、その事由を説明しなければならない。この場合において依頼人から請求があるときは、その事由を記載した文書を交付しなければならない。
(不正の疑いがある事件)
第14条 行政書士は、依頼の趣旨が、目的、内容又は方法において不正の疑いがある場合には、事件の受任を拒否しなければならない

「行政書士倫理」日本行政書士連合会

行政書士倫理13条では、正当な事由がある場合において依頼を拒むときは、その事由を説明しなければならない。この場合において依頼人から請求があるときは、その事由を記載した文書を交付しなければならないとあります。理由を記載した文書というのはなかなか大変ですよね。

しかも、「正当な事由」については通達などはありません。

 産業医で士業事務所を開設する場合には、依頼を受ける義務に注意しましょう

産業医事務所で、士業事務所を併設する場合には様々な問題をクリアしなければなりません。社会保険労務士事務所が株式会社等と同住所で併存できるかについては以下の記事で解説しています。


この開業の形態については、物理的な事務所で必要な要件になります。いわばハードウェアの問題になりますが、今回は、その受託する内容であり、いわばソフトウェアの問題になります。

産業医事務所で士業事務所を開設する場合において、例えば社労士であれば、行政への手続きを伴う1号業務、社会保険関係の帳簿書類を作成する2号業務については行っていませんと明示することはまずいので注意しましょう。社会保険労務士事務所を開設するのであれば、すべての事務を行えるように研鑽しましょう。

まとめ

医師や士業は仕事の依頼を断ることができるのかについてまとめました。
医師は、医師法19条には、診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならないという、応召義務がある旨が規定されています。
ただ、応召義務は国に対してあるということになり、医師免許に対する行政処分はあり得るものとされています

社会保険労務士と行政書士には、「依頼に応ずる義務」があり、違反した場合、100万円以下の罰金が科せられる可能性があります。

産業医事務所で、社会保険労務士と行政書士事務所を併設する場合には、産業医以外の仕事はしませんということになると問題となりますので知っておきましょう。


 

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この記事を書いた人

清水 宏泰

1975年生まれ。公衆衛生分野の専門家。現在はさまざまな組織の健康問題を予防するためにLAOにて行政書士・社労士・労働衛生コンサルタントとして活動しています。主に健康、心理系、産業保健の情報について発信していきます。

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