2024/01/01 2024/01/01
【人労系担当者・産業医向け】短時間勤務時(リハビリ出勤時)の傷病手当金の支給額に注意しましょう
休職していた従業員が職場に復帰できるであろうと判断された場合、指針や職場復帰支援の手引きに基づき、職場復帰支援プランを策定します。このプランには、しばしばリハビリ出勤を含めることが推奨されます。今回の話題は、このリハビリ出勤中の傷病手当金についてのお話です。
リハビリ出勤に関する詳細は、以下の記事を参照してください。
リハビリ出勤時の傷病手当金の支給額については注意しましょう
リハビリ出勤と短時間勤務について、傷病手当金は1日につき少しでも賃金が支払われると支給されません。
従業員の職場復帰に関して、産業医面談を行った場合に、以下のように医師(産業医)の意見が出され、リハビリ出勤を行うことはよくあります。
産業医:「では、リハビリ出勤を行い、半日勤務、つまり1日3時間の勤務から復職しましょう。」
この医師の意見を踏まえて、傷病手当金に関連する問題点がわかりますでしょうか?
今後、職場復帰支援や治療と仕事の両立支援に際して、短時間勤務と傷病手当金などの社会保障制度について正しく理解することが重要です。
それでは、架空の事例を用いて解説します。難しい話ではありませんので、しっかり読んでみて下さい。
ある従業員Aさんの状況
Aさんの給与は時給制で所定労働時間が1日8時間で、時給が1600円であり、月給は28万円前後です。そして、Aさんの標準報酬月額は28万円でした。
そして、Aさんは、会社に5年間ほど、同じ条件で継続して勤務していました。Aさんは1年前から私傷病(うつ)で休み始め、傷病手当金を受給していました。
Aさんは、1年ほど休職していましたが、主治医より復職可能との診断書が発行されました。本人も復帰する意思があります。
そして、産業医面談の結果「では、リハビリ出勤を行い、復職後1か月は半日勤務、つまり1日3時間の勤務から復職しましょう。」という産業医の意見が出されました。
この従業員Aさんについて職場復帰支援において、短時間勤務のリハビリ出勤を行う事例を検討します。
傷病手当金は1日につき少しでも賃金が支払われると支給されません。
まず、Aさんは傷病手当金を受給しています。傷病手当金は一日ごとに支給されます。
そして、Aさんの傷病手当金の金額は、次の方法で計算されます。
傷病手当金の支給開始日以前の継続した12か月の各月の標準報酬月額を平均した金額÷30日×2/3 (端数処理があります。)
この方は会社に5年間ほど、同じ条件で継続して勤務しており、傷病手当金の支給開始日以前の「継続した12か月間の各月の標準報酬月額」は28万円です。したがって、傷病手当金の額は端数処理を行い、1日あたり6220円となります。
そして、以下の点は非常に重要なので、産業医や人事労務系担当者は必ず知っておきましょう。
傷病手当金は、原則として少しでも働いて賃金をもらうと、その日の傷病手当金をすべてもらえないのです。
傷病手当金の根拠条文は健康保険法99条になります。傷病手当金の基本的な知識については、まず、以下の記事を読んでください。
少しだけ働いて賃金をもらった場合に、傷病手当金が支払われる例外について
上記の記事で解説していますが、傷病手当金の受給のためには、健康保険法99条の「療養のため労務に服することができないとき」という要件が必要になります。この「療養のため労務に服することができないとき」に該当するかどうかに関する以下のような通達もあります。
2 健康保険法第99条第1項に規定する「療養のため労務に服することができないとき」(労務不能)の解釈運用については、被保険者がその本来の職場における労務に就くことが不可能な場合であっても、現に職場転換その他の措置により就労可能な程度の他の比較的軽微な労務に服し、これによって相当額の報酬を得ているような場合は、労務不能には該当しないものであるが、本来の職場における労務に対する代替的性格をもたない副業ないし内職等の労務に従事したり、あるいは傷病手当金の支給があるまでの間、一時的に軽微な他の労務に服することにより、賃金を得るような場合その他これらに準ずる場合には、通常なお労務不能に該当するものであること。
したがって、被保険者がその提供する労務に対する報酬を得ている場合に、そのことを理由に直ちに労務不能でない旨の認定をすることなく、労務内容、労務内容との関連におけるその報酬額等を十分検討のうえ労務不能に該当するかどうかの判断をされたいこと。
このように、労務に対して報酬を得ている場合でも、状況によっては傷病手当金が支給されることがあります。以下、通達を分解して説明します。
- 被保険者がその本来の職場における労務に就くことが不可能な場合であっても、現に職場転換その他の措置により就労可能な程度の他の比較的軽微な労務に服し、これによって相当額の報酬を得ているような場合は、労務不能には該当しない
- 本来の職場における労務に対する代替的性格をもたない副業ないし内職等の労務に従事して、賃金を得るような場合は「労務に服することができないとき」に該当する。
- 傷病手当金の支給があるまでの間、一時的に軽微な他の労務に服することにより、賃金を得るような場合は「労務に服することができないとき」に該当する。
- ②と③に準ずる場合
- 傷病手当金の支給があるまでの間、一時的に軽微な他の労務に服することにより、賃金を得るような場合その他これらに準ずる場合はは「労務に服することができないとき」に該当する。
上記の「相当額の報酬」がどれほどの額を指すのかについては、明らかではありません。私は実際にこの通達をもとに健康保険組合等と交渉したことはありません。実際の事案については、健康保険組合等に相談して、傷病手当金が支給されそうかどうかを確認しましょう。
リハビリ出社により、「療養のため労務に服することができないとき」に該当しないと判断された場合
当該労働者が仕事に従事して賃金を得る場合、いくつかの問題が生じる可能性があります。
例えば、リハビリ出勤が3時間である場合、時給1600円で計算すると、4800円の賃金となります。しかし、もし労務を全くこなせず、傷病手当金を受け取る場合、その金額は6220円になります。
以下のような状況について、皆様はどのように思われるでしょうか。
休職していた従業員は現在の状態では復職は厳しいと考えていました。しかし、復職しないといけないと思い、仕事ができる意思を主張し、診断書も主治医と相談して復職可能の診断書を出してもらいました。産業医面談では、「3時間からのリハビリ出勤なら大丈夫でしょう」と言われ、その意見に沿って職場復帰し、3時間のリハビリ出勤を行いました。
会社には何とか通勤しましたが、実際には仕事ができる状況ではなく、ほとんどデスクに座って時間が過ぎるだけの状態でした。上司は気を使って、そのような状況に何も言いませんでした。このような日々が過ぎ、復職後の最初の給与明細を見たところ、とても生活に十分とは言える金額ではありませんでしたので困ってしまいました。
さらに傷病手当金が支給されなかったので、加入する健康保険組合に問い合わせたところ、要件に該当しないので、傷病手当金は支給されないと言われました。
従業員の生活は、成り立たない状況になってしまい困窮してしまいました。
このような事案が起きるかもしれないです。
実際の傷病手当金と短時間労働を組み合わせた場合の事例
さらに、実際の事例を図で解説します。(※2023年の金額で計算しています。傷病手当金の額は法令改正で違ってくる可能性があります。)
以下の図は、先ほどのAさんの復職に際し、産業医が以下のような意見を述べたとします。わかりやすく極端な例を挙げましたが、実際にはこのような例はほぼないかと思います。
産業医が復職希望のAさんと面談しました。主治医の意見書には、「最初は勤務時間を軽減すべきである」と記載されていました。産業医の面談の所感としては、フルタイム勤務は毎日は無理だが、短時間勤務は、週2日くらいは可能だと考えました。さらに、できるだけ、出勤したほうが生活リズムを整えやすいので、2日間の3時間リハビリ出勤を組み合わせるのがよいと考えました。そのため、以下のような産業医の意見を述べました。
(産業医の意見)
1週間の勤務日が月曜日から金曜日の従業員が、うつ病の休職から復職するにあたり、復職後の労働時間について、以下のように意見を述べます。
①月曜日、木曜日は8時間でフルタイム勤務しましょう。
②火曜日はお休みしましょう。
③水曜日と金曜日でリハビリ出勤で3時間の勤務としましょう。
産業医がこのような意見を述べ、会社もこの条件での復職を認めた場合、従業員のAさんが得られる金銭はどうなるでしょうか?
以下の図のようになります。ちなみに、労働法上は特段の決めがない場合は、日曜日を起点とした1週間となります。
①でフルタイム勤務を行った場合には、1日につき、満額の給料が支払われます。
②でお休み(欠勤)の場合は傷病手当金が支給されます。
③でリハビリ出勤した場合は、傷病手当金は支給されず、3時間の賃金が支払われます。
なお、傷病手当金は土日の労働義務のない所定休日にも支払われますので、土日には傷病手当金が支給されるかもしれませんが、こちらは状況次第になります。
このよな傷病手当金の性質を理解して、リハビリ出勤を考慮しなければなりません。
今回の事案は、精神障害の復職支援についてのお話ですが、同様の問題は、治療と仕事の両立支援でも問題となります。
なお、具体的に何時間働けば傷病手当金の額を超えるのかは、実際に計算しなければわかりません。
ちなみに、傷病手当金は非課税であり、額面から税金が引かれないという利点があります。ただし、社会保険料は傷病手当金の中から支払わなければなりません。
隔日のリハビリ出社の特徴について
なお、私は、隔日でのリハビリ出勤を行う場合も多いです。実際に医療機関での治療(リハビリを含む)で、朝の1時間しか働けないという場合に、1時間の賃金が支払われると、傷病手当金が支給されない場合がありますが、隔日のリハビリ出勤であれば、このような問題を回避できます。傷病手当金は、1日のみの通院による欠勤であっても支給される可能性が高いです。
例えば、月曜日から金曜日が勤務日の従業員の復職にあたって、月曜日、水曜日、金曜日をフルタイムで出勤する日とし、週の残りの2日(火曜日と木曜日)を療養のために労務不能とする日として職場復帰支援を行います。
上記の場合、月曜日から金曜日については、以下のように賃金と傷病手当金が支給されます。土日については状況次第になります。
例えば、整形外科的疾患で、週に2回のリハビリテーション(こちらは理学療法士によるもの)が必要な場合には、このようなプランも一つです。
あえて、すべて短時間勤務とする場合もあります
では、このような場合ではどうでしょうか。
従業員が産業医にこう言いました。
「少しでも早く戻りたいので、ぜひ、1時間でもリハビリ出勤をさせてください。傷病手当金がなくなってもいいです、お給料も低くてもいいのです。」
会社も、従業員がそう言うのであれば、その条件で構わないと言っています。
このような事例は時折発生します。通常、労働契約では所定労働時間に従って勤務することが原則ですが、会社の方針によっては本人の希望を考慮する方法も一つの選択肢となります。
傷病手当金の医師の証明
傷病手当金を申請するには、傷病手当金支給申請書の提出が必要です。この申請書には、療養を担当する医師が記入する部分があり、原則として主治医が記載を行います。まず、従業員は主治医に相談し、労働提供の可否について議論することが望ましいです。
しかし、主治医が労働不能と判断しない場合もあります。そのような状況では、産業医の意見による証明を検討することをお勧めします。産業医が主治医に診療情報提供書を送り、状況を説明することも一つの方法ですが、主治医が証明を明確に拒否している場合は、これが効果的でない可能性があります。
まとめ
従業員が休職から復職する際、リハビリ出勤を実施することがあります。ただし、短時間勤務やリハビリ出勤の場合、通常は傷病手当金は支給されない点に留意が必要です。
復職のプロセスは、従業員と主治医との話し合い、会社の労務管理方針、主治医による診断書、産業医との面談、従業員の健康状態、労働契約や就業規則、業務内容、健康保険組合との相談など、多角的な分析を通じて進められます。
社会保障に関する正確な理解と適切なアドバイスを提供できる産業医はあまりいないと思われます。今後、職場復帰支援や治療と仕事の両立支援において、これらの知識は不可欠になるでしょう。人事労務担当者もこれらの点を理解し、把握しておくことが重要です。
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