キャリアコンサルタント・心理学について|士業系産業医が語る産業保健
2023/09/18 2023/09/18
【資格】産業医はカウンセリングができるのか、公認心理師、キャリコンとの関わりについて
産業医をしていると、クライエント企業より「カウンセリング」をしてほしいと言われることがあります。
産業医が行うカウンセリングとはいったい何をすべきでしょうか。
また、最近では、公認心理師が国家資格化されたことがあり、医師で公認心理師の先生方も多いかと思います。
公認心理師では、最初の5年間において、通称「Gルート」と呼ばれる経過措置があり、カウンセリングをほとんど行っていない者が受験資格を得て公認心理師となったという批判があります。
今回はそんなお話をしたいと思います。
産業医と産業保健の現場でのカウンセリング
産業医が求められるカウンセリング
事業所から産業医にカウンセリングを依頼する要望は時折寄せられます。しかし、クライエント企業が具体的にどのような種類のカウンセリングを望んでいるのかを明確にする必要があります。
ここで、産業医の業務なのですが、産業医は産業保健の現場で診療を行うことはありません。
(※ この点については、別の記事で詳しく説明したいと思います。)
カウンセリングには治療を目的とするものも存在し、治療を目的とする場合、産業医が事業所で心理療法を用いて治療を行うことが適切かどうかという問題が浮上します。産業現場で治療を行うことに伴う潜在的な問題については、後ほど詳しく説明します。一方で、治療を目的としないカウンセリングは場合によって実施しやすいかと思います。
産業医は通常、カウンセリングはできません
再度述べますが、クライアント企業から産業医によるカウンセリングを希望する旨の要望が時折寄せられます。しかし、このような要望のほとんどは、「従業員の元気がない」、「欠勤が増えて原因がわからない」、「いつもと様子が違う」等に関連しています。こうした場合、広義の相談の意味合いとして産業医に「カウンセリング」を希望しているケースが多いです。
「カウンセリング」という言葉は狭義の専門的な意味では心理療法を指すと考えられますが、その内容には、認知行動療法、家族療法、来談者中心療法など、さまざまなアプローチが含まれています。
しかしながら、産業医へのカウンセリングの依頼について、相談の意味合いとしての「カウンセリング」の依頼であったとすると、純粋な「相談」程度であれば可能でしょうが、多くの産業医は、専門的な意味の心理療法を主としたカウンセリングができません。これは医師がカウンセリングを学ぶ機会が限られているためです。
まあ、そもそも、安全衛生委員会、職場巡視を含めた1~2時間の出務時間内にカウンセリングを行うことは現実的ではないという問題もあります。
精神科医の中には、カウンセリングのトレーニングをしっかり受けた方もいるようですが、全ての精神科医がカウンセリングを行えるわけではありません。
したがって、事業所の皆様は、産業医へ心理療法としてのカウンセリングを依頼する場合には、希望する「カウンセリング」の内容を産業医に相談しましょう。しかし、すこし専門的な意味合いを含むカウンセリングは、多くの産業医が実施できないことが多く、さらに産業医の業務で訪問中の時間でカウンセリングを実施することは難しいことを知っておきましょう。
産業医が職場で心理療法をおこなってよいのか、産業現場で治療目的のカウンセリングを行う弊害
さて、心理療法には、様々な種類があります。しかし、治療を目的とした心理療法を事業場で行う場合には注意が必要です。
例えば、企業に所属する産業医や心理職により心理療法を行っている従業員が退職した場合に、退職をもって従業員でないので心理療法を中断することに問題はないでしょうか?
メンタルヘルス不調や、発達障害の従業員が突然退職してしまうということはあり得ます。
その場合、心理療法を受けていた従業員は、その後どうしていいかわからず、途方に暮れてしまうかもしれません。
また、産業医は、原則として産業保健現場で薬剤の処方を行いませんが、クライエントがどこかの精神科を受診して処方を受けている場合で、主治医と連携せず産業医や心理職が職場で心理療法を行うことが妥当かという問題もあります。
産業医が自分の精神科クリニックで処方を行い、心理療法を行う場合には心理療法のみを事業所で行うメリットは通常ないかと思います。
こう言った問題が生じるため、私は、継続的な心理療法が必要であると考えた場合には、外部の精神科か、心理系カウンセラーへリファーします。リファーした後は、治療と仕事の両立支援で主治医と連携するのが現実的でしょう。
もし、従業員が解雇されない、退職することがほとんどない、社内診療所がある等の状況では心理療法も実施しやすいかと思います。
上記のような問題を避けるため、産業医がカウンセリングを行う場合、どのようなカウンセリングを行うべきでしょうか。
最も一般の方が考えるいわゆる「カウンセリング」に合致し、また、中断による弊害も比較的少ない心理療法で、産業現場で行えるものが良いでしょう。
そういった意味で、キャリアカウンセリングは、産業現場で行えるカウンセリングとして極めて有用です。
※ 今回の記事では、キャリアカウンセリングとキャリアコンサルティングという言葉はありますが、こちらについては、以下の記事を参照してください。
キャリアコンサルタントとキャリアカウンセリング(キャリアコンサルティング)
このキャリアカウンセリングは、ロジャースの来談者中心療法を基本としています。
キャリアコンサルタントの中には、キャリアコンサルタントは治療をしないので、来談者中心療法という「療法」ではなく、来談者中心アプローチを行うと強調される方もおられます。このブログでは、来談者中心療法と呼ぶこととします。
来談者中心療法を行える主な職種としては、臨床心理士、公認心理師、キャリアコンサルタント等になります。来談者中心療法においては、傾聴が重要です。
(※ 来談者中心療法の記事はまた解説します。)
厚生労働省の指針「心の健康の保持増進のための指針」において、「4つのケア」の「ラインによるケア」の解説に以下の解説があります。「傾聴」がキーワードになっています(以下の引用参照)。
多くの産業医の先生方は「傾聴」は難しくないと思われるかもしれませんが、正直、傾聴がある程度でもできる産業医はかなり少ないと思われます。
定期的にロールプレイを行ったり、スーパービジョンを受けたり、マイクロカウンセリングの技法を学ぶ必要もあるでしょう。
(2)部下からの相談への対応
職場の管理監督者は、日常的に、部下からの自発的な相談に対応するよう努めなければなりません。そのためには、部下が上司に相談しやすい環境や雰囲気を整えることが必要です。また、長時間労働等により過労状態にある部下、強度の心理的負荷を伴う出来事を経験した部下、特に個別の配慮が必要と思われる部下に対しては、管理監督者から声をかけるとともに、以下の対応も必要です。○ 話を聴く(積極的傾聴)
○ 適切な情報を提供する
○ 必要に応じて事業場内産業保健スタッフ等や事業場外資源への相談や受診を促すなど管理監督者が部下の話を積極的に聴くことは、職場環境の重要な要素である職場の人間関係の把握や心の健康問題の早期発見・適切な対応という観点からも重要です。 また、部下がその能力を最大限に発揮できるようにするためには、部下の資質の把握も重要です。部下のものの見方や考え方、行動様式を理解することが、管理監督者には求められます。そのためには、まず、部下の話を聴くことが重要です。その方法として、積極的傾聴法があります。人の話を聴く基本となる技法の一つです。 管理監督者がこのような適切な対応ができるようになるためには、事業者が管理監督者に部下の話を聴く技術を習得する機会を与えることが重要です。
職場における心の健康づくり 厚生労働省
私の周りには、カウンセラーの方がたくさんおられますが、明らかにカウンセリングのレベルが高く、ロープレ等を行った時に衝撃を受けることがあります。カウンセラーにはとてつもないレベルの方がおられますが、日々、クライエントとの関わりを考え、対人支援につき真摯に向き合い続けておられます。カウンセリングは実技なのでごまかしはきかないです。
公認心理師のGルート経由者とカウンセリング
「カウンセリング」と言えば、心理職を思い浮かべることが一般的ですが、心理系のカウンセラーとしてよく知られているのは、臨床心理士と公認心理師です。実際、臨床心理士と公認心理師の両方には資格を取得するための試験が必要ですが、実は、これらの試験にはロールプレイ等のカウンセリングの実技試験が含まれていません。
今回は、公認心理師のGルートについてもお話ししたいと思います。公認心理師は近年、新たに誕生したカウンセラー系の国家資格です。新たに誕生した資格であるため、実務経験のある方には経過措置として公認心理師の受験資格が与えられました。この実務経験は、公認心理師法第2条第1項の1号から4号に該当する業務を指します。
そして、このGルートにおいて、カウンセリングができない者が公認心理師となっているのではないかという批判があります。
公認心理師法
(定義)
第二条 この法律において「公認心理師」とは、第二十八条の登録を受け、公認心理師の名称を用いて、保健医療、福祉、教育その他の分野において、心理学に関する専門的知識及び技術をもって、次に掲げる行為を行うことを業とする者をいう。
一 心理に関する支援を要する者の心理状態を観察し、その結果を分析すること。
二 心理に関する支援を要する者に対し、その心理に関する相談に応じ、助言、指導その他の援助を行うこと。
三 心理に関する支援を要する者の関係者に対し、その相談に応じ、助言、指導その他の援助を行うこと。
四 心の健康に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供を行うこと。
確かに、公認心理士法2条1号から3号については「心理に関する支援」、「助言、指導その他の援助」という文言が含まれ、対人支援としてのカウンセリングが関わりそうです。また、臨床心理士の多くは、大学や大学院の心理学科で1号から3号の支援を行うための心理療法を実践で学んでいます。
しかし、4号についてはどうでしょうか。「心の健康に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供を行うこと」という要件ですが、この4号の要件は、クライエントと対面で向き合う、いわゆるカウンセリングとは直接関係がないかもしれません。
例えば、医学部等で「心の健康に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供」を行っており、実際に対人の心理に関する支援を行っていない方はたくさんおられるでしょう。
そのため、公認心理師の実務経験が4号の業務にのみ該当する場合、実際にカウンセリングができないかもしれません。
しかし、公認心理師法が定義する、公認心理師が行う業の定義より、それはやむを得ないでしょう。
公認心理師の受験資格を取得するためには、現任者講習を受講する必要がありました。私ももちろん現任者講習を受けました。講習会には他の医師も参加していましたが、正直に言って、心理学についてほとんど知らないような医師もいました。また、前述のように、公認心理師試験においては実技科目がありませんので、カウンセリングの能力を評価する場面がありません。
結局のところ、公認心理師の中には、いわゆるカウンセリングがほとんどできない方もおられるようです。
この点、臨床心理士を兼ねている公認心理師は、心理療法としてのカウンセリングをきちんとできる方がほとんどだと思われます。
しかし、産業現場に限っては、そもそも前述のように、心理療法を行っていいのかという問題があります。カウンセラーが様々な心理療法を実施できても、あえて産業保健の現場で行わないという判断を行う方が妥当かもしれません。
キャリアコンサルティングは産業医がカウンセリングを行えるようになるために有用です。
このように、公認心理師においては、Gルートという経過措置と4号の業務のために、カウンセリングの経験がない者が公認心理師となり、カウンセリングをおこなう場面が生じるかもしれません。また、産業医は医師なので、公認心理師であるかどうかにかかわらずカウンセリングをおこなうのは法令上は問題ないがゆえに、カウンセリングの経験のない者がカウンセリングをおこなってしまうという事態が生じるかもしれません。
産業現場で非常に相性がいいカウンセリングのは、キャリアコンサルティングです。多くの事業所がイメージする「カウンセリング」にも合致するかと思います。また、産業現場においてはキャリアの問題は頻発しますが、キャリアコンサルティングはキャリアの問題に親和性があります。
キャリアコンサルティングとキャリアカウンセリングは用語が違いますが、こちらについては以下の記事でお話ししております。
私の個人的な意見ですが、産業医は、キャリアコンサルタントになることで、傾聴と来談者中心療法(アプローチ)を実践できますし、産業現場で多いキャリアの問題について学ぶこともできるのでおすすめです。もともと、企業内で行うことも想定されていますので、心理療法を事業所内で行っていいのかという弊害についてもクリアできます。
そして、キャリアコンサルタントの資格は3種類ありますが、どの試験も実技試験があり、カウンセリング技能が評価されます。
国家資格キャリコンだけでなく、2級キャリアコンサルティング技能検定(いわゆる、2級キャリコン)を有していれば、カウンセリングを安定して行えるかと思います。
ちなみに1級キャリアコンサルティング技能検定はスーパービジョンを行う指導者としての資格ですので、産業医としての業務での関連はあまりないかと思います。
しかし、もし産業医がキャリアコンサルタントと一緒に仕事をしてゆくのであれば、目指してゆかねばならないでしょう。
事業所の皆様にとっては、2級キャリアコンサルタント技能検定以上の資格を有している産業医は、ある程度、いわゆるカウンセリングができると思って問題ないでしょう。
個人的な意見ですが、公認心理師の経過措置は終わりましたし、産業医が、事業所が希望する、いわゆる「カウンセリング」を行えるようになるためには、2級キャリアコンサルタント技能検定を目指すのがおすすめです。
公認心理師が産業医現場で活躍することは大きな意味があります
ここまでこの記事を読んでいただいて、では、産業現場でのカウンセリングは公認心理師ではなく、キャリアコンサルタント(キャリアカウンセラー)の方が良いのではないかと思われる方もいるでしょう。
しかし、私の主観ですが、心理系のカウンセラーには、キャリア系のカウンセラーとは違う大きな利点があります。それが、以下になります。
① 公認心理師は医療職であり、キャリアコンサルタントは非医療職である。
② 公認心理師は精神疾患の理解が深い
正直、一般的に医療職と非医療職には大きな壁があります。おそらく、医療職(精神科医等)はキャリアコンサルタントから精神疾患の相談を受けても、一般の非医療職の方からの相談と変わらない対応をとるでしょう。この点、公認心理師は医療職属性であるため、医療職(精神科医等)より信頼されやすい利点があるでしょう。
また、公認心理師は精神疾患の理解が深いので、クライエントからお聞きした病状、服薬内容、治療等がどのようなものか理解できるでしょう。また、公認心理師が臨床において精神疾患の方と関わることが多ければ、リファーが必要かどうか、また、適切にリファーすべきタイミングかどうかなどがわかるかもしれません。このように、会社の従業員の方とお話しして、精神疾患について状況を把握したり、リファーすべきかどうか判断しなければならないという状況においては、心理職である公認心理師がキャリアコンサルタントより強いでしょう。これは、まさに「心の健康の保持増進のための指針」(厚生労働省)の4つのケアの「事業場外資源によるケア」の内容、会社以外の専門的な機関や専門家を活用し、 その支援を受けることに当たります。
この点、リファーするという側面に関しては、医師(産業医)が強いですね。医療属性ですので、リファーのしどころがわかります。しかも、診療情報提供書(紹介状)をつくるのも自分でできます。しかし、すぐにリファーするだけでなく、クライエントの話を傾聴することは非常に重要であり、私は産業医も傾聴トレーニングが必要だと考えます。
また、近年は知慮と仕事の両立支援が重要になっていますが、メンタルヘルス不調においても、主治医と診療情報のやり取りを行うことが多いです。その際に、産業医から心理検査の結果を主治医に求めたり、診療情報提供依頼書のお返事として主治医から自発的に心理検査の概要をお知らせいただくことがよくあります。この心理検査の評価については心理系カウンセラーが強いです。労働者の働く現場を知っている心理系カウンセラーは、仕事と心理検査結果のマッチングについて考慮することができるでしょう。
上記のように、従業員を支援する過程するために主治医と連携した場合、心理検査の結果にふれる機会があるかもしれません。この場合においても、公認心理師は心理検査について詳しいことが多いので、心理検査の結果を踏まえて、従業員を支援することができるでしょう。
まとめ
産業医と産業保健の現場でのカウンセリングについて解説しました。
産業医の方は、クライエント企業より、カウンセリングの依頼があるかもしれませんが、どのような「カウンセリング」を希望されているのか説明して、明らかにした方がよいでしょう。
産業医は通常、カウンセリングはできませんが、できるに越したことはないでしょう。但し、 産業医が職場で心理療法をおこなってよいのかという問題があり、産業現場で治療目的のカウンセリングを行う場合には弊害が大きいかもしれません。
キャリアコンサルタントは来談者中心療法(来談者中心アプローチ)でカウンセリングを行います。
心理職である、公認心理師については、一部の者について受検資格の経過措置であるGルート経由者はカウンセリングができないという批判がありますが、受験資格の要件から、実際には対人支援が苦手な公認心理師が生まれた可能性があります。
産業医が、産業現場で求められる、いわゆるカウンセリングをできるようになるには、キャリアコンサルタントとなることがお薦めです。特に、2級キャリアコンサルタント技能検定以上の資格を有している産業医は、ある程度、多くの事業所が期待するカウンセリングができると思って問題ないでしょう。
しかし、公認心理師は医療職であることや、心理検査の内容を評価することが可能であるというメリットがあります。
事業所としては、カウンセリングができる職種である、公認心理師、キャリアコンサルタント、医師の特徴を踏まえて、従業員の支援ができる体制を整えるのがよいでしょう。
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