事務所LAO – 行政書士・社会保険労務士・労働衛生コンサルタント・海事代理士

【まとめ】産業保健のメンタルヘルス対策におけるシステムズアプローチについて解説

メンタルヘルス対策は、通常はメンタルヘルス不調者へのアプローチが主流です。しかし、私はメンタルヘルス不調者に対応するだけでは根本的な解決には至らないと感じています。公衆衛生の知識と心理学の知識を組み合わせ、産業医の活動に活かすことを考えた結果、システムズアプローチが有効な手段であるとの考えに至りました。

システムズアプローチの概論

 はじめに

システムズアプローチを理解すると、いままで組織内で見えなかった要素が見えるようになるでしょう。
これらの要素を適切に把握し、コントロールすることで、組織のさまざまな課題が解決できるかもしれません。
しかし、このアプローチが悪用されると、組織は崩壊し、最悪の場合、犠牲者が出る可能性もあります。
大げさなように聞こえますが、本当です。

では、システム論について、実践的な話をさせていただきます。

例えば、職場においては、管理部、人事労務課、営業課などの部署が存在し、また社長をはじめとする部長や課長、その他の社員などの役職があります。これらの多様な構成員が相互に関わり合いながら、全体としてまとまりを保っています。

このような集まりをシステムと呼びます。上記の例で言えば、会社というシステムですね。

しかしながら、個々の従業員は、自宅に帰ればさらに家族としての関わりを持つ父親、母親、長男、長女などといった家族構成員という全体としてのまとまりに属しています。これが家庭というシステムですね。

他にも、社会人サークルや、親族の集まり、日本という国というシステムにも属しています。
このように、私たちは多くのシステムに属しながら生活しています。

こうしたシステムにアプローチし、メンタルヘルス不調を改善していくのがシステムズアプローチです。当事務所ではシステムズアプローチを重要視しており、当ブログではシステムズアプローチに関する記事をまとめて紹介しています。


 システムズアプローチの基本

「患者とみなされた者」と円環的因果律(Circular causality)

知っておくべき概念として、家族療法と「患者とみなされた者」があります。システムズアプローチでは、システムに対し介入していきます。

この介入の基本となる理論ですが、家族療法があります。家族療法では、「患者とみなされた者」(IP:Identified Patient)という者が登場します。家族療法では、支援を要する人が現れる原因として、その個人ではなく、その人が属する家族システムに問題があると考えます。そういう意味で、精神障害に罹った者、支援を要する者を「患者」ではなく「患者とみなされた者」、IPとして考えます。

このIPを理解するためには、円環的因果律(Circular causality)を理解し、存在を認識することが重要です。組織(システム)に内在するさまざまな問題が顕在化した氷山の一角がIPであるとして、その組織の不調へのアプローチを考慮します。

実際の円環的因果律の把握と例 

実際に、メンタルヘルス不調者が続発しているシステム(会社等)の状況を把握すると、円環的因果律が重層化していることがよくあります。ときに、悪意のあるものが円環的因果律が起きそうな部分に介入し、円環的因果律を発現させる場合もあります。
このような円環的因果律の発生の認識は、知らなければできないでしょう。

 システムズアプローチを行う上で役に立つ理論

 集団極化、同調の発生を意識しましょう

心理学の用語として、「同調行動」という概念が存在します。これは、個人や集団において、一方の行為者が他方の行動や態度、感情などに合わせることを指します。システムズアプローチの中で、同調行動により、円環的因果律が発生していると分析できる場合があります。このような同調行動について知っておきましょう。

システムズアプローチと認知バイアスについて

認知バイアスについて

組織内には多くの人が存在します。人は認知バイアスがあるため、思い込みや現実に即さない判断を誤って行ってしまうことがあります。このような認知バイアスについて理解しておくことが重要です。
以下にシステムで問題となりやすい認知バイアスをいくつか挙げました。

今回は、いくつかの認知バイアスを列挙しますが、認知バイアスにはまだまだ種類がありますので、今後も追加していく予定です。

セルフサービングバイアス

セルフサービングバイアスとは、ある個人において、うまくいったことは内的帰属とし、悪かったことは外的帰属とする傾向です。セルフサービングバイアスに気づいていない方が円環的因果律の発生原因となる場合があります。

対応バイアス(correspondence bias)

円環的因果関係の発生の原因として、対応バイアスが関与している可能性があります。対応バイアスの原因の一つは、状況の情報不足です。状況を正しく認識していないと、特定の人がなぜそのような行動を取るのか、因果関係を理解することができません。

キャリアコンサルティング(キャリコン)において、会社内や上司部下とのコミュニケーションを図ることはよく提案されます。このコミュニケーションを図ることにシステム内の人が情報を把握し、システム内の対応バイアスの解除や予防を行ってゆくことは非常に重要です。

サリエンス バイアス

サリエンス バイアスは、目立つものや情報に注目し、一方で目立たないものを無視する傾向を指します。

サリエンス バイアスは個人に対してバイアスとして機能し、目立つ要素が意思決定を誤らせる原因となることがあります。また、組織や企業の中では特に目立たない問題が無視されがちであり、それによって目立たない問題が大きな問題に発展していることに気づかないことがあります。

このようなサリエンス バイアスを回避するための方策は、システムズアプローチに有用です。

 ヒューリスティックについて

まず、重要な概念ですが、ヒューリスティック(heuristic)は経験的な知識に基づいて、複数の選択肢から最適なものを選ぶ手法です。
「このような状況では、こうすると良い」「以前に同じことを経験したことがある」といった感じですね。このようなヒューリスティックはメリットが大きいのですが、デメリットも生じます。
システムズアプローチで問題となりやすい、ヒューリスティックについて解説します。

代表性ヒューリスティック(Representativeness heuristic)

代表性ヒューリスティック(Representativeness heuristic)は、特定の出来事の可能性を評価する際に、過去の代表的または典型的な例との類似性を評価し、その出来事の頻度や発生確率を推測して判断する傾向です。

しかしながら、時代は急速に変化していますので、過去の代表例や典型例が適用できない場合があるのは当然です。このような場合に代表性ヒューリスティックにより、現在の事案に適用できないことが起こると、円環的因果関係が生じる可能性があります。

利用可能性ヒューリスティック

利用可能性ヒューリスティックとは、思い出しやすい記憶に基づいて意思決定を行う、または情報不足の状況で意思決定を行うことであり、誤った判断につながる可能性があります。こちらについては、様々な論点がありますので、以下の記事をご参照ください。

 システムズアプローチと、キャリアコンサルタント、心理カウンセラーの関係

実は、システムズアプローチ(家族システム論)はキャリアコンサルタントや心理カウンセラーの両方にとって学ぶべき分野です。しかし、キャリアコンサルタントにとっては同調、認知バイアス、ヒューリスティックなど心理学系の部分については学ぶ機会が限られるかもしれません。一方で、心理カウンセラーにとっては心理学以外のキャリアや組織に関わる部分でのシステムズアプローチの実践はやや難しいかもしれません。

実際には、心理系カウンセリングとキャリア系カウンセリングの両方を学び、異なる専門分野の連携によってシステムズアプローチを俯瞰的に実践できると良いですね。

 まとめ

産業保健分野におけるシステムズアプローチについてまとめました。システムとは何か、そして「患者とみなされた者」と円環的因果律(Circular causality)がメンタルヘルス不調者の発生予防、対応において重要な知識となります。

これらの理論を知らなければ、組織において、円環的因果律の認識すら困難でしょう。

また、システムズアプローチを実践する上で役立つ理論を紹介しました。集団極化や同調について、バイアスやヒューリスティックについても列挙しました。

システムズアプローチとキャリアコンサルタント、心理カウンセラーとの関係は協働が不可欠であり、カウンセラーだけでなく、多職種の連携も重要です。

労働衛生コンサルタント事務所LAOでは、産業医・顧問医の受託をお受けしております。労務管理と一体になった産業保健業務を多職種連携で行います。

お問い合わせはこちらからお願いいたします。

この記事を書いた人

清水 宏泰

1975年生まれ。公衆衛生分野の専門家。現在はさまざまな組織の健康問題を予防するためにLAOにて行政書士・社労士・労働衛生コンサルタントとして活動しています。主に健康、心理系、産業保健の情報について発信していきます。

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